呻吟語 / 外篇・天地・聖人は只だ人事を說く
大抵和氣致祥,戾氣致妖,與作善降樣,作惡降殃,道理原是如此。故聖人只說人事,只盡道理,應不應,在我不在我都不管。若求一一征應,如鼓答桴,堯、舜其猶病矣。大叚氣數有一定的,有偶然的,天地不能違,天地亦順之而已。旱而雩,水而滎,彗孛而禳,火而祓,日月食而救,君子畏天威,謹天戒當如是爾。若雲隨禱輒應,則日月盈虧豈繫於救不救之間哉?
新字:大抵和気致祥,戻気致妖,与作善降様,作悪降殃,道理原是如此。故聖人只説人事,只尽道理,応不応,在我不在我都不管。若求一一征応,如鼓答桴,堯、舜其猶病矣。大叚気数有一定的,有偶然的,天地不能違,天地亦順之而已。旱而雩,水而滎,彗孛而禳,火而祓,日月食而救,君子畏天威,謹天戒当如是爾。若雲随祷輒応,則日月盈虧豈繋於救不救之間哉?
書き下し
大抵和氣は祥を致し、戾氣は妖を致す。善を作せば祥を降し、惡を作せば殃を降すと、道理は原と是の如し。故に聖人は只だ人事を說き、只だ道理を盡くす。應ずると應ぜざるとは、我に在るも我に在らざるも都て管せず。若し一一の征應を求むること、鼓の桴に答ふるが如くんば、堯・舜も其れ猶ほ病めり。大叚氣數に一定の有り、偶然の有り。天地も違ふ能はず、天地も亦た之に順ふのみ。
現代語訳
おおよそ和やかな気は吉兆を招き、ねじけた気は凶兆を招きます。善をなせば幸いが降り、悪をなせば災いが降るという道理は、もともとその通りです。だから聖人はただ人のなすべき事を語り、ただ道理を尽くします。応えがあるか無いか、自分にあるか無いかは、まるで構いません。もし一つ一つに応えを求めること、太鼓が撥に応じるようであれと言うなら、堯舜でさえ困ったでしょう。おおよそ気のめぐりには定まったものと偶然のものがあります。天地も逆らえず、天地もそれに従うだけです。
解説

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