呻吟語 / 外篇・人情・人の善を稱するを樂しむ
世之人,聞稱人之善輒有妒心,聞稱人之惡輒有喜心,此天理忘而人欲肆者也。孔子所惡,惡稱人之惡;孔子所樂,樂道人之善。吾人豈可另有一副心腸。
新字:世之人,聞称人之善輒有妒心,聞称人之悪輒有喜心,此天理忘而人欲肆者也。孔子所悪,悪称人之悪;孔子所楽,楽道人之善。吾人豈可另有一副心腸。
書き下し
世の人は、人の善を稱するを聞けば輒ち妒心有り、人の惡を稱するを聞けば輒ち喜心有り。此れ天理忘れて人欲肆なる者なり。孔子の惡む所は、人の惡を稱するを惡む。孔子の樂しむ所は、人の善を道ふを樂しむ。吾人豈に另に一副の心腸有る可けんや。
現代語訳
世の人は、人の善が称えられるのを聞けば妬む心が起こり、人の悪が語られるのを聞けば喜ぶ心が起こります。これは天の理が忘れられ人の欲が恣になった者です。孔子が憎んだのは、人の悪を語ることです。孔子が楽しんだのは、人の善を語ることです。我らにどうして別の心があってよいでしょうか。
解説
善悪の話を聞いたときの反応を、二つ挙げます。善には妬み、悪には喜び。どちらも逆向きで、天理を忘れた姿だとされます。そして孔子の反応が対置されます。悪を語ることを憎み、善を語ることを楽しむ。ちょうど正反対です。最後に、自分たちに別の心があってよいかと問われ、選択の余地が無いことが示されます。選択の余地が無いことが、最後に示されています。
この章句が説くこと
妬み喜び逆向き孔子反応
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