呻吟語 / 外篇・人情・五分の過惡を三四分だけ攻む
攻人者,有五分過惡,只攻他三四分,不惟彼有餘懼,而亦傾心引服,足以塞其辯口。攻到五分,已傷渾厚,而我無救性矣。若更多一分,是貽之以自解之資,彼據其一而得五,我貪其一而失五矣。此言責家之大戒也。
新字:攻人者,有五分過悪,只攻他三四分,不惟彼有余懼,而亦傾心引服,足以塞其弁口。攻到五分,已傷渾厚,而我無救性矣。若更多一分,是貽之以自解之資,彼拠其一而得五,我貪其一而失五矣。此言責家之大戒也。
書き下し
人を攻むる者は、五分の過惡有らば、只だ他の三四分を攻む。惟だ彼に餘懼有るのみならず、亦た心を傾け服を引き、以て其の辯口を塞ぐに足る。五分に攻め到らば、已に渾厚を傷りて、我に救性無し。若し更に一分を多くせば、是れ之に自解の資を貽すなり。彼は其の一に據りて五を得、我は其の一を貪りて五を失ふ。此れ言責の家の大戒なり。
現代語訳
人を責める者は、五分の過ちがあれば三分か四分だけ責めます。そうすれば相手に余った畏れが残るだけでなく、心を傾けて服し、その弁解の口を塞ぐのに足ります。五分まで責めれば、すでに厚みを損なって、自分に救いがありません。もう一分多くすれば、相手に自己弁護の材料を与えることになります。相手はその一つに拠って五つを得、自分はその一つを貪って五つを失います。これが言論の責めを負う家の大きな戒めです。
解説
責める量を、実際より少なくせよと言います。三分四分で十分に相手は服し、余った畏れも残ります。五分まで行けば厚みが損なわれ、一分でも越えれば相手に弁護の材料を与えます。そして損得が具体的に示されます。一つ多く責めた者が五つを失い、一つ反論できた者が五つを得る。行きすぎの代価が数字で語られています。行きすぎの代価が、数字で語られているのが鋭い。
この章句が説くこと
責める量三四分行きすぎ弁護損得
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