呻吟語 / 外篇・人情・在在都て是れ真我なり
有道者處之,在在都是真我。
新字:有道者処之,在在都是真我。
書き下し
道有る者之に處らば、在在都て是れ真我なり。
現代語訳
道のある者がそこにいれば、どこにいてもすべて本当の自分です。
解説
前の段で挙げられた、人を壊す場所を受けます。道のある者なら、どの場所にいても本当の自分のままだ、と。場所が人を変えるのではなく、道の有無が決めるということです。短い一句ですが、前の段の脅威を打ち消す形で置かれています。どこにいるかを言い訳にできないという含みも読めます。どこにいるかを言い訳にできない、という含みも読めます。前の段の脅威を、打ち消す形で置かれています。
この章句が説くこと
真我場所不変道言い訳
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