呻吟語 / 外篇・治道・銓署の楹帖
銓署楹帖:「直者無庸我力,枉者我無庸力,何敢貪天之功;恩則以奸為賢,怨則以賢為奸,豈能逃鬼之責。」
書き下し
銓署の楹帖。「直なる者は我が力を庸ふる無く、枉なる者は我力を庸ふる無し。何ぞ敢へて天の功を貪らん。恩なれば則ち奸を以て賢と為し、怨なれば則ち賢を以て奸と為す。豈に能く鬼の責を逃れんや」。
現代語訳
人事の役所の柱の対句。まっすぐな者は私の力を必要とせず、曲がった者にも私は力を用いません。どうして天の功を貪れるでしょうか。恩があれば奸物を賢者とし、怨みがあれば賢者を奸物とする。どうして鬼神の責めを逃れられるでしょうか。
解説
人事の役所に掲げた対句です。前半は功を誇らない構えで、まっすぐな者は自分の力を要らず、曲がった者にも力を貸さない。だから天の功を貪る理由がありません。後半は戒めで、恩と怨みで賢と奸が入れ替わる危険を挙げ、鬼神の責めを持ち出します。自分の職場に自分への戒めを掲げる形で、実際に使われた言葉として記録されています。
この章句が説くこと
楹帖人事功恩怨鬼神
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