呻吟語 / 外篇・治道・禮に遠ざかれば則ち刑に近づく
刑禮非二物也,皆令人遷善而去惡也。故遠於禮,則近於刑。
新字:刑礼非二物也,皆令人遷善而去悪也。故遠於礼,則近於刑。
書き下し
刑禮は二物に非ざるなり。皆な人をして善に遷りて惡を去らしむるなり。故に禮に遠ざかれば、則ち刑に近づく。
現代語訳
刑と礼は二つの物ではありません。どちらも人に善へ移り悪を去らせるものです。だから礼から遠ざかれば、刑に近づきます。
解説
刑と礼を、同じ目的の二つの形として結びます。どちらも善へ移り悪を去らせるためのもの。だから礼から遠ざかることが、そのまま刑に近づくことになります。両者が連続した一本の線として捉えられているわけです。前に出てきた、牢獄は小人の学校かという段と同じ発想で、刑を教化の続きに置く立場が一貫しています。刑を教化の続きに置く立場が、ここでも一貫しています。
この章句が説くこと
刑礼同目的連続遷善距離
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