呻吟語 / 外篇・治道・囹圄は小人の學校か
刑法之設,明王之所以愛小人,而示之以君子之路也。然則囹圄者,小人之學校與?
新字:刑法之設,明王之所以愛小人,而示之以君子之路也。然則囹圄者,小人之学校与?
書き下し
刑法の設は、明王の小人を愛して、之に示すに君子の路を以てする所以なり。然らば則ち囹圄なる者は、小人の學校か。
現代語訳
刑法が設けられているのは、明君が小人を愛して、君子への道を示すためです。それなら牢獄は、小人の学校でしょうか。
解説
刑法を、罰ではなく愛の道具として位置づけます。小人を愛するからこそ君子への道を示す。そして牢獄を小人の学校と呼びます。問いの形で置かれているのが面白いところで、断定を避けつつ発想を示しています。前の段の礼を加える理由が、ここで制度の目的として言い直され、刑罰観が教育の側に寄せられた一段になっています。
この章句が説くこと
刑法愛学校囹圄教育
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