呻吟語 / 外篇・治道・鐵錚錚として做し將ち去る
自家官靠著別人做,只是不肯踏定腳跟挺身自拔,此縉紳第一恥事。若鐵錚錚底做將去,任他如何,亦有不顛躓僵僕時。縱教顛躓僵僕,也無可奈何,自是照管不得。
新字:自家官靠著別人做,只是不肯踏定腳跟挺身自抜,此縉紳第一恥事。若鉄錚錚底做将去,任他如何,亦有不顛躓僵僕時。縦教顛躓僵僕,也無可奈何,自是照管不得。
書き下し
自家の官を別人に靠り著けて做す。只だ是れ腳跟を踏み定め身を挺して自ら拔くを肯んぜず。此れ縉紳第一の恥事なり。若し鐵錚錚として做し將ち去らば、他の如何なるに任すも、亦た顛躓僵僕せざる時有り。縱ひ顛躓僵僕せしむるも、也た奈何ともす可き無く、自ら是れ照管し得ず。
現代語訳
自分の官職を他人に頼って務める。ただ足を踏み定めて身を立て自ら抜け出そうとしないのです。これが官に居る者の第一の恥です。もし鉄のように張りのあるまま務めていけば、相手がどうしようと、つまずき倒れない時もあります。たとえつまずき倒されても、どうしようもなく、もともと守りきれるものではありません。
解説
他人に頼って地位を保つことを、第一の恥とします。そして代案が示されます。鉄のように張ったまま務めれば、倒れない時もある。確実だとは言っていないのが正直なところです。そして最後に、倒れたところでどうしようもないと付け加えられます。もともと守りきれないものだからです。保身が不可能だと認めたうえでの勧めになっています。
この章句が説くこと
依存恥鉄倒れる保身
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