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呻吟語 / 外篇・治道・宇內に三權有り

宇內有三權:「天之權曰禍福,人君之權曰刑賞,天下之權曰褒貶。」禍福不爽,曰天道之清平,有不盡然者,奪於氣數。刑賞不忒,曰君道之清平,有不盡然者,限於見聞,蔽於喜怒。褒貶不誣,日人道之清平,有不盡然者,偏於愛憎,誤於聲響。褒貶者,天之所恃以為禍福者也,故曰:「天視自我民視,天聽自我民聽。」君之所恃以為刑賞者也,故曰:「好人之所惡,惡人之所好,是謂拂人之性。」褒貶不可以不慎也,是天道、君道之所用也。一有作好作惡,是謂天之罪人,君之戮民。

新字:宇内有三権:「天之権曰禍福,人君之権曰刑賞,天下之権曰褒貶。」禍福不爽,曰天道之清平,有不尽然者,奪於気数。刑賞不忒,曰君道之清平,有不尽然者,限於見聞,蔽於喜怒。褒貶不誣,日人道之清平,有不尽然者,偏於愛憎,誤於声響。褒貶者,天之所恃以為禍福者也,故曰:「天視自我民視,天聴自我民聴。」君之所恃以為刑賞者也,故曰:「好人之所悪,悪人之所好,是謂払人之性。」褒貶不可以不慎也,是天道、君道之所用也。一有作好作悪,是謂天之罪人,君之戮民。

書き下し

宇內に三權有り。「天の權を禍福と曰ひ、人君の權を刑賞と曰ひ、天下の權を褒貶と曰ふ」。禍福爽はざるを、天道の清平と曰ふ。盡くは然らざる者有るは、氣數に奪はる。刑賞忒はざるを、君道の清平と曰ふ。盡くは然らざる者有るは、見聞に限られ、喜怒に蔽はる。褒貶誣ひざるを、人道の清平と曰ふ。盡くは然らざる者有るは、愛憎に偏り、聲響に誤らる。褒貶は、天の恃みて以て禍福と為す所の者なり。故に曰く、「天視は我が民の視より、天聽は我が民の聽より」と。君の恃みて以て刑賞と為す所の者なり。故に曰く、「人の惡む所を好み、人の好む所を惡むは、是れを人の性に拂ると謂ふ」と。褒貶は以て慎まざる可からざるなり。是れ天道・君道の用ふる所なり。一たび好を作し惡を作す有らば、是れを天の罪人、君の戮民と謂ふ。

現代語訳

天下に三つの権があります。天の権を禍福と言い、君主の権を刑賞と言い、天下の権を褒貶と言います。禍福が狂わないのを天の道の清く平らかと言い、そうでない場合は気の巡りに奪われます。刑賞が違わないのを君の道の清く平らかと言い、そうでない場合は見聞に限られ喜怒に覆われます。褒貶が偽らないのを人の道の清く平らかと言い、そうでない場合は愛憎に偏り評判に誤られます。褒貶は、天が頼って禍福とするものです。だから言う、天の視るは我が民の視るからであり、天の聴くは我が民の聴くからだと。君が頼って刑賞とするものです。だから言う、人の憎むものを好み人の好むものを憎むのは人の性に背くと。褒貶は慎まないわけにいきません。これは天の道と君の道が用いるものです。ひとたび好き嫌いを作れば、天の罪人であり君の殺すべき民です。

解説

三つの権を並べ、それぞれの狂う原因を示します。天は気の巡り、君は見聞と喜怒、人は愛憎と評判。そして褒貶が最も下に見えて、実は上二つの材料になっていると示されます。天も君も、民の評価を通して働くからです。だから褒貶を私情で歪める者は、天の罪人であり君の殺すべき民とされます。世論の重さを、構造から説いた一段です。

この章句が説くこと

三権禍福刑賞褒貶材料

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