呻吟語 / 内篇・修身・我は只だ我が司を理會す
禍福者,天司之;榮辱者,君司之;毀譽者,人司之;善惡者,我司之。我只理會我司,別個都莫照管。
新字:禍福者,天司之;栄辱者,君司之;毀誉者,人司之;善悪者,我司之。我只理会我司,別個都莫照管。
書き下し
禍福なる者は、天之を司る。榮辱なる者は、君之を司る。毀譽なる者は、人之を司る。善惡なる者は、我之を司る。我は只だ我が司を理會す。別個は都て照管する莫かれ。
現代語訳
禍福は天が司り、栄辱は君が司り、毀誉は人が司り、善悪は自分が司ります。私はただ自分の司る分だけを引き受けます。他のものには一切気を配りません。
解説
四つの領域に管理者を割り当て、自分の持ち分だけを引き受けると宣言します。前に出てきた三つの管轄の議論に、君という項目が加わった形です。自分が司るのは善悪だけで、その結果として来る禍福も栄辱も毀誉も他の管理者のものになります。手を出せる範囲をこれ以上ないほど狭く、しかしはっきりと定めた一段です。手を出せる範囲を、これ以上ないほど狭く定めた一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
管轄善悪禍福毀誉分担
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