呻吟語 / 外篇・治道・政は地に因りて之を定め、官は人を擇びて之を守る
古者國不易君,家不易大夫,故其治因民宜俗,立綱陳紀。百姓與己相安,然後從容漸漬,日新月盛,而治功成。故曰「必世後仁」,曰「欠道成化」。譬之天地不悠欠便成物不得。自封建變而為郡懸,官無欠暖之席,民無盡識之官,施設未竟而讒毀隨之,建官未久而黜陟隨之。方朘熊蹯而奪之薪,方繅茧絲而截其緒。一番人至,一度更張。各有性情,各有識見。百姓聞其政令半不及理會,聽其教化尚未及信從,而新者卒至,舊政廢閣。何所信從?何所遵守?況加以監司之掣肘,制一幘而不問首之大小,都使之冠;制一衣而不問時之冬夏,必使之服。不審民情便否,先以書督責,即高才疾足之士,俄頃措置之功,亦不過目前小康,一事小補,而上以此為殿最,下以此為歡虞,嗚呼!傷心矣。先正有言,人不里居,田不井授,雖欲言治,皆苟而已。愚謂建官亦然,政因地而定之,官擇人而守之,政善不得更張,民安不得易法。其多事擾民,任情變法,與惰政慢法者斥遂之,更其人不易其治,則郡懸賢於封建遠矣。
新字:古者国不易君,家不易大夫,故其治因民宜俗,立綱陳紀。百姓与己相安,然後従容漸漬,日新月盛,而治功成。故曰「必世後仁」,曰「欠道成化」。譬之天地不悠欠便成物不得。自封建変而為郡懸,官無欠暖之席,民無尽識之官,施設未竟而讒毀随之,建官未久而黜陟随之。方朘熊蹯而奪之薪,方繅茧糸而截其緒。一番人至,一度更張。各有性情,各有識見。百姓聞其政令半不及理会,聴其教化尚未及信従,而新者卒至,旧政廃閣。何所信従?何所遵守?況加以監司之掣肘,制一幘而不問首之大小,都使之冠;制一衣而不問時之冬夏,必使之服。不審民情便否,先以書督責,即高才疾足之士,俄頃措置之功,亦不過目前小康,一事小補,而上以此為殿最,下以此為歓虞,嗚呼!傷心矣。先正有言,人不里居,田不井授,雖欲言治,皆苟而已。愚謂建官亦然,政因地而定之,官択人而守之,政善不得更張,民安不得易法。其多事擾民,任情変法,与惰政慢法者斥遂之,更其人不易其治,則郡懸賢於封建遠矣。
書き下し
古は國君を易へず、家大夫を易へず。故に其の治は民に因り俗に宜しく、綱を立て紀を陳ぶ。百姓と己と相ひ安んじ、然る後に從容漸漬し、日に新たに月に盛んにして、治功成る。故に「必世にして後に仁」と曰ひ、「久道にして化を成す」と曰ふ。之を天地に譬ふるに悠久ならざれば便ち物を成し得ず。封建變じて郡懸と為りてより、官に久暖の席無く、民に盡識の官無し。施設未だ竟へずして讒毀之に隨ひ、官を建てて未だ久しからずして黜陟之に隨ふ。方に熊蹯を朘りて之が薪を奪ひ、方に茧絲を繅りて其の緒を截つ。一番の人至れば、一度の更張あり。各おの性情有り、各おの識見有り。百姓は其の政令を聞くも半ばは理會するに及ばず、其の教化を聽くも尚ほ未だ信從するに及ばずして、新しき者卒かに至り、舊政廢閣す。何ぞ信從する所あらん。何ぞ遵守する所あらん。況んや加ふるに監司の掣肘を以てし、一幘を制して首の大小を問はず、都て之に冠せしめ、一衣を制して時の冬夏を問はず、必ず之を服せしむ。民情の便否を審らかにせずして、先づ書を以て督責す。即ち高才疾足の士も、俄頃措置の功、亦た目前の小康、一事の小補に過ぎず。而るに上は此れを以て殿最と為し、下は此れを以て歡虞と為す。嗚呼、傷心せり。先正に言有り、人里居せず、田井授せずんば、治を言はんと欲すと雖も、皆な苟のみと。愚謂へらく官を建つるも亦た然り。政は地に因りて之を定め、官は人を擇びて之を守る。政善ければ更張するを得ず、民安んずれば法を易ふるを得ず。其の多事にして民を擾し、情に任せて法を變ずると、惰政慢法なる者とは斥け遂ふ。其の人を更めて其の治を易へざれば、則ち郡懸は封建より賢なること遠し。
現代語訳
昔は国が君を替えず、家が大夫を替えませんでした。だからその治は民により俗に合わせ、綱を立て紀を述べました。民と自分が互いに安んじ、その後にゆったりと染み込み、日に新たに月に盛んになって治の功が成りました。だから一世代を経て仁になると言い、長く続けて化を成すと言います。天地に譬えれば、悠久でなければ物を成せません。封建が郡県に変わってから、官に温まる席が無く、民に知り尽くした官がいません。施策が終わらないうちに讒言が続き、官を置いて間もなく進退が続きます。熊の掌を煮ているのに薪を奪い、繭から糸を繰っているのに糸口を切るようです。一人来れば一度の改変があります。それぞれ性情があり、それぞれ識見があります。民は政令を聞いても半分は理解が追いつかず、教化を聴いてもまだ信じ従うに至らないうちに、新しい者が急に来て旧い政は棚上げされます。何を信じ従えるでしょうか。何を守れるでしょうか。まして監司の掣肘が加わり、一つの頭巾を作って頭の大小を問わずみなに被らせ、一つの衣を作って冬夏を問わず必ず着せます。民情の都合を調べずに、まず書状で督促します。高い才と速い足の士でも、わずかな時間の処置の功はせいぜい目先の小康と一事の小さな補いです。それを上は評定の基準とし、下は喜びとします。ああ、心が痛みます。先の賢者に言葉があります。人が里に定住せず田が井田で授けられなければ、治を語ろうとしてもみな間に合わせだと。私は思います、官を置くのも同じです。政は土地によって定め、官は人を選んで守らせる。政が善ければ改めさせず、民が安んじれば法を替えさせない。多事で民を騒がせ情に任せて法を変える者と、政に怠け法に緩い者とは退ける。その人を替えてその治を替えなければ、郡県は封建よりはるかに優れています。
解説

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