呻吟語 / 外篇・治道・六生十二耗
余作《原財》一篇,有六生十二耗。六生者何?曰墾荒閑之田,曰通水泉之利,曰教農桑之務,曰招流移之民,曰當時事之宜,曰詳積貯之法。十二耗者何?曰嚴造飲之禁,曰懲淫巧之工,曰重游手之罰,曰絕倡優劇戲,曰限在官之役,曰抑僭奢之俗,曰禁寺廟之建,曰戒坊第游觀之所刻無益之書,曰禁邪教之倡,曰重迎送供張之罪,曰定學校之額、科舉之制,曰誅貪墨之使。語多憤世,其文不傳。
新字:余作《原財》一篇,有六生十二耗。六生者何?曰墾荒閑之田,曰通水泉之利,曰教農桑之務,曰招流移之民,曰当時事之宜,曰詳積貯之法。十二耗者何?曰厳造飲之禁,曰懲淫巧之工,曰重游手之罰,曰絶倡優劇戯,曰限在官之役,曰抑僭奢之俗,曰禁寺廟之建,曰戒坊第游観之所刻無益之書,曰禁邪教之倡,曰重迎送供張之罪,曰定学校之額、科舉之制,曰誅貪墨之使。語多憤世,其文不伝。
書き下し
余『原財』一篇を作る。六生十二耗有り。六生とは何ぞ。曰く荒閑の田を墾く、曰く水泉の利を通ず、曰く農桑の務を教ふ、曰く流移の民を招く、曰く時事の宜しきに當たる、曰く積貯の法を詳らかにす。十二耗とは何ぞ。曰く造飲の禁を嚴にす、曰く淫巧の工を懲らす、曰く游手の罰を重くす、曰く倡優劇戲を絕つ、曰く在官の役を限る、曰く僭奢の俗を抑ふ、曰く寺廟の建を禁ず、曰く坊第游觀の所、無益の書を刻するを戒む、曰く邪教の倡を禁ず、曰く迎送供張の罪を重くす、曰く學校の額、科舉の制を定む、曰く貪墨の使を誅す。語多く世を憤る。其の文傳はらず。
現代語訳
私は原財という一篇を書きました。六つの生と十二の耗があります。六つの生とは何か。荒れた田を開く、水と泉の利を通す、農と桑の務めを教える、流れ移った民を招く、時勢の適切さに当たる、蓄えの法を詳らかにする。十二の耗とは何か。酒造りの禁を厳しくする、度を越した巧みさの職人を懲らす、遊び手の罰を重くする、芸人と芝居を絶つ、官にある役を限る、僭越と奢りの風を抑える、寺と廟の建立を禁じる、邸宅や遊覧の場で無益な書を彫るのを戒める、邪な教えの唱導を禁じる、送迎と接待の罪を重くする、学校の定員と科挙の制を定める、汚職の使者を誅する。言葉に世を憤るものが多く、その文は伝わっていません。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・治道・人を用ふるは其の才に當たるを貴ぶ人を用ふるの道は、其の才に當たるを貴ぶ。財を理むるの道は、其の蠹を去るを貴ぶ。人君は識深く慮り遠き者を以て社稷を謀り、老成持重なる者を以て國脈を養ひ、振勵明作なる者を以て頹敝を起こし、時に通じ變に達する者を以て治化を調へ、公を秉り正を持する者を以て鈞衡を寄せ、奸を燭らし邪を嫉む者を以て按察と為し、下に厚く民を愛する者を以て守牧に居らしめ、智深く勇沉なる者を以て兵戎を典らしめ、平恕明允なる者を以て刑獄を治め、廉靜綜核なる者を以て會計を掌らしめ、恥を惜しみ德を養ふ者を以て教化を司らしむれば、則ち人を用ふること其の才に當たる。宮妾に慢棄の帛無く、殿廷に金珠の玩無く、近侍に賄賂の通を絕ち、寵幸に不貲の賞無く、臣工に貪墨の誅を嚴にし、迎送に威福の濫を懲らし、工商に淫巧の罰を重くし、眾庶に僭奢の戒を謹み、游惰に幸食の門を杜ぎ、緇黃に誑誘の罪を示し、倡優を耕織の業に就かしむれば、則ち財を理むること其の道を得たり。
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『呻吟語』外篇・治道・來る處は豐かに、歸する處は約に天地の財は、他の從り來たる處を看るを要し、又た他の歸宿する處を看るを要す。從り來たる處は豐かならんことを要し養はんことを要す。歸宿する處は約ならんことを要し節せんことを要す。
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『呻吟語』外篇・治道・生ずる者一人、食らふ者九人天下の財は、生ずる者一人、食らふ者九人。興す者四人、害する者六人。其の涷餒して死する者は、生ずるの人十に九、食らふの人十に一。其の飽暖にして樂しむ者は、害するの人十に九、興すの人十に一。嗚呼、傷心す可し。三代の政行はれなば、寧ぞ此れ有らんや。
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『呻吟語』外篇・治道・淫巧誅せずして理財を講ず滿目見る所、世上一物として淫巧有らざるは無し。這の淫巧は、世上多少の生成底の財貨を耗し、世上多少の財を生ずる底の工夫を誤る。淫巧誅せずして、理財を講ぜんと欲するは、皆な苟且の談なり。
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『呻吟語』外篇・治道・六自余官に居りて六自有り。「簿に均徭は先づ自ら審らかにせしめ、地を均しくするは先づ自ら丈らしめ、未だ完せざるは其の自ら限らしめ、紙贖は其の自ら催さしめ、幹証詞訟を催すは其の自ら拘せしめ、幹証小事を拘するは其の自ら處らしむ」。鄉約も亦た往往にして行き得去る。官逸にして事も亦た理まり、之を欠けば刑罰を省く可し。當今天下の民は極めて官の繁苛に苦しむ。一たび寬仁を與ふれば、其の應ずること響くが如し。
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『呻吟語』外篇・治道・酒禁を嚴にせず酒の害為るは勝げて紀す可からざるなり。天下を有つ者酒禁を嚴にするを知らずんば、教養を談ずと雖も、皆な苟道のみ。此れ治道に心を留むる者と道ふ可し。