呻吟語 / 外篇・治道・篤恭は君子の無聲無臭
篤恭之所發,事事皆純王,如何天下不平?或曰:才說所發,不動聲色乎?曰:「日月星辰皆天之文章,風雷雨露皆天之政令,上天依舊篤恭在那裡。篤恭,君子之無聲無臭也。無聲無臭,天之篤恭也。」
新字:篤恭之所発,事事皆純王,如何天下不平?或曰:才説所発,不動声色乎?曰:「日月星辰皆天之文章,風雷雨露皆天之政令,上天依旧篤恭在那裡。篤恭,君子之無声無臭也。無声無臭,天之篤恭也。」
書き下し
篤恭の發する所は、事事皆な純王なり。如何ぞ天下平らかならざらん。或るひと曰く、「才かに發する所と說かば、聲色を動かさざるか」と。曰く、「日月星辰は皆な天の文章、風雷雨露は皆な天の政令なり。上天は依舊として篤恭たり那裡に在り。篤恭は、君子の無聲無臭なり。無聲無臭は、天の篤恭なり」と。
現代語訳
篤く恭しい心から発するものは、事ごとにみな純粋な王道です。どうして天下が平らかにならないでしょうか。ある人が言いました。発すると言うなら、声や色を動かすのではありませんか。答えて言う。日月星辰はみな天の文章であり、風雷雨露はみな天の号令です。それでも天はもとのまま篤く恭しくそこにあります。篤恭とは君子の無声無臭です。無声無臭とは天の篤恭です。
解説
篤恭が何も発しないことではない、と示します。反問に対して天が引かれます。日月星辰も風雷雨露も天から発していますが、天は変わらずそこにあるだけです。発することと動じることは別だということです。そして篤恭と無声無臭が、人と天で言い換えられます。働きが大きくても、本体は静かなままという構えが示された一段です。
この章句が説くこと
篤恭無声無臭天発する静
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