呻吟語 / 外篇・治道・法多ければ則ち遁情愈いよ多し
法多則遁情愈多,譬之逃者,入千人之群則不可覓,入三人之群則不可藏矣。
新字:法多則遁情愈多,譬之逃者,入千人之群則不可覓,入三人之群則不可蔵矣。
書き下し
法多ければ則ち遁情愈いよ多し。之を逃るる者に譬ふるに、千人の群に入れば則ち覓む可からず、三人の群に入れば則ち藏る可からず。
現代語訳
法が多ければ、逃れる余地はいっそう多くなります。逃げる者に譬えれば、千人の群れに入れば見つけられず、三人の群れに入れば隠れられません。
解説
法の数と抜け道の数が比例することを、群衆の比喩で示します。千人の中なら見つからず、三人の中なら隠れられない。条文が多いほど、どれかに紛れられるということです。前に出てきた、文書が多いほど老獪な者の力になるという段と同じ構図が、法の側から述べられています。簡素であることが、実は厳しさになるという指摘です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
法の数抜け道群衆簡素厳しさ
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