呻吟語 / 外篇・治道・兵革の用は德化の衰へなり
兵革之用,德化之衰也。自古聖人亦甚盛德,即不過化存神,亦能久道成孚,使彼此相安於無事。豈有四夷不可講信修睦作鄰國邪?何至高城深池以為衛,堅甲利兵以崇誅,侈萬乘之師,靡數百萬之財以困民,塗百萬生靈之肝腦以角力,聖人之智術而止於是邪?將至愚極拙者謀之,其計豈出此下哉?若曰無可奈何不得不爾,無為貴聖人矣。將干羽曲格、因壘崇降,盡虛語矣乎?夫無德化可恃,無恩信可結,而曰去兵,則外夷交侵,內寇嘯聚,何以應敵?不知所以使之不侵不聚者,亦有道否也?古稱「四夷來王」,八蠻通道,越裳重譯,日月霜露之所照墮者莫不尊親,斷非虛語。苟於此而歲歲求之,日日講之,必有良法,何至因天下之半而為此無可奈何之策哉!
新字:兵革之用,徳化之衰也。自古聖人亦甚盛徳,即不過化存神,亦能久道成孚,使彼此相安於無事。豈有四夷不可講信修睦作鄰国邪?何至高城深池以為衛,堅甲利兵以崇誅,侈万乗之師,靡数百万之財以困民,塗百万生霊之肝脳以角力,聖人之智術而止於是邪?将至愚極拙者謀之,其計豈出此下哉?若曰無可奈何不得不爾,無為貴聖人矣。将干羽曲格、因塁崇降,尽虚語矣乎?夫無徳化可恃,無恩信可結,而曰去兵,則外夷交侵,内寇嘯聚,何以応敵?不知所以使之不侵不聚者,亦有道否也?古称「四夷来王」,八蠻通道,越裳重訳,日月霜露之所照堕者莫不尊親,断非虚語。苟於此而歳歳求之,日日講之,必有良法,何至因天下之半而為此無可奈何之策哉!
書き下し
兵革の用は、德化の衰へなり。古より聖人も亦た甚だ盛德なり。即ち化に過ぎ神を存するに過ぎずとも、亦た能く道を久しくして孚を成し、彼此をして無事に相ひ安んぜしむ。豈に四夷の信を講じ睦を修めて鄰國と作す可からざる有らんや。何ぞ高城深池を以て衛りと為し、堅甲利兵を以て誅を崇び、萬乘の師を侈り、數百萬の財を靡して以て民を困しめ、百萬生靈の肝腦を塗りて以て力を角するに至らんや。聖人の智術にして是に止まらんや。將た至愚極拙なる者之を謀るも、其の計豈に此の下に出でんや。若し無可奈何にして爾らざるを得ずと曰はば、聖人を貴ぶと為す無し。將た干羽曲格、因壘崇降は、盡く虛語ならんや。夫れ德化の恃む可き無く、恩信の結ぶ可き無くして、而も兵を去ると曰はば、則ち外夷交ごも侵し、內寇嘯聚す。何を以て敵に應ぜん。知らず、之をして侵さず聚まらざらしむる所以は、亦た道有りや否やを。古に「四夷來王」と稱し、八蠻道を通じ、越裳重譯し、日月霜露の照らし墮つる所の者尊親せざる莫しとは、斷じて虛語に非ず。苟しくも此に於て歲歲に之を求め、日日に之を講ぜば、必ず良法有らん。何ぞ天下の半ばに因りて此の無可奈何の策を為すに至らんや。
現代語訳
武器と甲冑を用いるのは、徳による教化が衰えたからです。昔から聖人もまた盛んな徳を持ちました。化して神を存するほどでなくても、道を長く保って信を成し、双方が無事のうちに安んじられました。四方の異民族と信を講じ睦まじさを修めて隣国とできないことがあるでしょうか。どうして高い城と深い堀を守りとし、堅い甲と鋭い兵で誅を尊び、万乗の軍を誇り、数百万の財を費やして民を苦しめ、百万の生き物の肝と脳を地に塗って力比べをするに至るのでしょうか。聖人の智と術がこれで止まるでしょうか。最も愚かで不器用な者が謀っても、その計がこれより下でしょうか。もしどうしようもなくこうするほかないと言うなら、聖人を貴ぶ意味がありません。舜が干と羽の舞で有苗を降らせ、文王が塁を築いて崇を降したのは、すべて虚言でしょうか。徳の教化が頼りにならず恩と信が結べないのに兵を去ると言えば、外の異民族が次々に侵し、内の賊が呼び集まります。何で敵に応じるのでしょうか。侵させず集まらせない方法があるかどうか、分かりません。昔、四方の異民族が来朝し、八方の蛮が道を通じ、越裳が通訳を重ねて来て、日月と霜露の届くところで尊び親しまないものが無かったというのは、断じて虚言ではありません。ここで年ごとに求め日ごとに講じれば、必ず良い法があるはずです。どうして天下の半分を費やして、このどうしようもない策を取るに至るのでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』非攻中是の故に子墨子曰く、「古者、語有り、『謀りて得ざれば、則ち往を以て來を知り、見を以て隠を知る』と。謀ること此くの若くんば、得て知る可し。今、師徒、唯だ興起する毋くんばあらず。冬に行けば寒を恐れ、夏に行けば暑を恐る。此れ冬夏を以て為す可からざる者なり。春は則ち民の耕稼樹藝を廢し、秋は則ち民の穫斂を廢す。今、唯だ一時を廢する毋くんばあらざれば、則ち百姓の饑寒凍餒して死する者、勝げて數う可からず。今、嘗みに軍士の竹箭・羽旄・幄幕、甲盾・撥劫の、往きて靡弊腐冷して反らざる者を計るに、勝げて數う可からず。矛㦸・戈劍・乗車の、其の列住碎折靡弊して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の馬牛の肥えて往き、瘠せて反り、往きて死亡して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の涂道の脩逺にして、糧食輟絶して繼がず、百姓の死する者と、勝げて數う可からざるなり。其の居處の安からず、食飯の時ならず、饑飽の節ならずして、百姓の道に疾病して死する者と、勝げて數う可からず。師を喪うこと多くして勝げて數う可からず、師を喪うこと盡きて勝げて計う可からざれば、則ち是れ鬼神の其の主后を喪うことも、亦た勝げて數う可からず」と。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・日本の財貨を外国へ棄つることなりただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは、わが国の工業拙なるがゆえにしばらく銭と交易して用を便ずるものなり。この人を雇いこの品を買うがために金を費やすは、わが学術のいまだ彼に及ばざるがために日本の財貨を外国へ棄つることなり。国のためには惜しむべし。学者の身となりては慚ずべし。かつ人として前途の望みなかるべからず、望みあらざれば世に事を勉むる者なし。明日の幸を望んで今日の不幸をも慰むべし。来年の楽を望んで今年の苦をも忍ぶべし。昔日は世の事物みな旧格に制せられて有志の士といえども望みを養うべき目的なかりしが、今や然らず、この制限を一掃せしより後は、あたかも学者のために新世界を開きしがごとく、天下ところとして事をなすの地位あらざるはなし。
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