呻吟語 / 外篇・治道・三代以前の見識を用ひて迂ならず
用三代以前見識而不迂,就三代以後家數而不俗,可以當國矣。
新字:用三代以前見識而不迂,就三代以後家数而不俗,可以当国矣。
書き下し
三代以前の見識を用ひて迂ならず、三代以後の家數に就きて俗ならずんば、以て國に當たる可し。
現代語訳
三代より前の見識を用いて回りくどくならず、三代より後のやり方に就いて俗にならなければ、国に当たることができます。
解説
古代の見識と後世のやり方を、両方使えと言います。ただしそれぞれに落とし穴があります。古代の見識は回りくどくなりがちで、後世のやり方は俗になりがちです。両方を使いながら両方の欠点を避ける。これが国に当たる条件とされます。前に出てきた、三代より前の見識で今を測れという段と、状況を見て判断せよという主張を、一句で組み合わせた形です。
この章句が説くこと
三代見識家数迂俗
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『呻吟語』外篇・品藻・三代以前の一副の見識士君子は須らく三代以前の一副の見識有りて、然る後に以て今を進退し、道法を權衡す可し。以て濟世の業を成す可く、以て不世の功を建つ可し。
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