呻吟語 / 外篇・治道・簡を以て先と為す
聖王之道以簡為先,其繁者,其簡之所不能者也。故惟簡可以清心,惟簡可以率人,惟簡可以省人己之過,惟簡可以培壽命之原,惟簡可以養天下之財,惟簡可以不耗天地之氣。
新字:聖王之道以簡為先,其繁者,其簡之所不能者也。故惟簡可以清心,惟簡可以率人,惟簡可以省人己之過,惟簡可以培寿命之原,惟簡可以養天下之財,惟簡可以不耗天地之気。
書き下し
聖王の道は簡を以て先と為す。其の繁なる者は、其の簡の能はざる者なり。故に惟だ簡のみ以て心を清くす可く、惟だ簡のみ以て人を率ゐる可く、惟だ簡のみ以て人己の過ちを省く可く、惟だ簡のみ以て壽命の原を培ふ可く、惟だ簡のみ以て天下の財を養ふ可く、惟だ簡のみ以て天地の氣を耗せざる可し。
現代語訳
聖王の道は簡素を先とします。繁雑なものは、簡素にできなかったものです。だから簡素だけが心を清くでき、簡素だけが人を率いることができ、簡素だけが人と自分の過ちを減らすことができ、簡素だけが寿命の源を培うことができ、簡素だけが天下の財を養うことができ、簡素だけが天地の気を損なわずにいられます。
解説
簡素の効能を、六つ並べます。心、率いること、過ち、寿命、財、天地の気。個人の内面から天地の運行まで、同じ一字で貫かれています。そして冒頭の一句が鋭く、繁雑なものは簡素にできなかった残りだとされます。繁雑さは内容の多さではなく、整理の失敗だということです。簡素を能力として捉えた一段になっています。簡素を、我慢ではなく力として捉えています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
簡六効繁雑整理能力
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