呻吟語 / 内篇・談道・簡の一字を理會す
理會得「簡」之一字,自家身心、天地萬物、天下萬事盡之矣。一粒金丹不載多藥,一分銀魂不攜錢幣。
新字:理会得「簡」之一字,自家身心、天地万物、天下万事尽之矣。一粒金丹不載多薬,一分銀魂不攜銭幣。
書き下し
「簡」の一字を理會し得ば、自家の身心、天地萬物、天下萬事盡くる。一粒の金丹は多藥を載せず、一分の銀魂は錢幣を攜へず。
現代語訳
簡という一字を腹に落とせば、自分の身も心も、天地万物も、天下の万事もすべてそこに尽きます。一粒の仙薬は多くの薬を載せておらず、わずかな銀の精は銭を持ち歩きません。
解説
簡という一字に、身も世もすべてが尽きると言います。後半の二つのたとえが効いていて、効き目の強い薬ほど分量が少なく、価値の高いものほど嵩を持たない。濃さと量は反比例するという見方です。書類でも説明でも、厚みで説得しようとする癖への静かな批評として読めます。量を減らしても伝わるなら、それが濃さの証しになります。分厚い説明は、しばしば理解の浅さの裏返しです。

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簡濃淡要約本質量
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