呻吟語 / 内篇・應務・人各おの能不能有り
我益智,人益愚;我益巧,人益拙。何者?相去之遠而相責之深也。惟有道者,智能諒人之愚,巧能容人之拙,知分量不相及,而人各有能不能也。
書き下し
我益ます智なれば、人益ます愚なり。我益ます巧なれば、人益ます拙なり。何ぞや。相去ること遠くして相責むること深ければなり。惟だ道有る者のみ、智は能く人の愚を諒し、巧は能く人の拙を容る。分量の相及ばず、而して人各おの能不能有るを知ればなり。
現代語訳
自分が賢くなるほど、人は愚かに見えます。自分が巧みになるほど、人は拙く見えます。なぜでしょうか。隔たりが遠くなるほど、責める気持ちが深くなるからです。ただ道を得た者だけが、賢さで人の愚かさを汲み、巧みさで人の拙さを容れます。力量は互いに及ばないもので、人にはそれぞれできることとできないことがあると知っているからです。
解説
能力が上がるほど他人が愚かに見える仕組みを説明します。隔たりが広がるぶん、責める気持ちが強くなるのです。だから有能さは、そのまま不寛容の原因になります。そして道を得た者だけが、その能力を汲み取る側に使う。能力の使い道が、裁くほうにも容れるほうにも向くという分岐を示した一段です。能力の使い道が、裁く側にも容れる側にも向くのです。
この章句が説くこと
能力不寛容隔たり容認分岐
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