呻吟語 / 外篇・治道・寧ろ錯りて人を生かすとも
「與其殺不辜,寧失不經。」此舜時獄也。以舜之聖,皋陶之明,聽比屋可封之民,當淳朴未散之世,宜無不得其情者,何疑而有不經之失哉?則知五聽之法不足以盡民,而疑獄難決自古有之,故聖人寧不明也而不忍不仁。今之決獄輒恥不明而以臆度之見、偏主之失殺人,大可恨也。夫天道好生,鬼神有知,奈何為此?故寧錯生了人,休錯殺了人。錯生則生者尚有悔過之時,錯殺則我亦有殺人之罪。司刑者慎之。
新字:「与其殺不辜,寧失不経。」此舜時獄也。以舜之聖,皋陶之明,聴比屋可封之民,当淳朴未散之世,宜無不得其情者,何疑而有不経之失哉?則知五聴之法不足以尽民,而疑獄難決自古有之,故聖人寧不明也而不忍不仁。今之決獄輒恥不明而以臆度之見、偏主之失殺人,大可恨也。夫天道好生,鬼神有知,奈何為此?故寧錯生了人,休錯殺了人。錯生則生者尚有悔過之時,錯殺則我亦有殺人之罪。司刑者慎之。
書き下し
「其の不辜を殺さんよりは、寧ろ不經を失へ」とは、此れ舜の時の獄なり。舜の聖、皋陶の明を以て、比屋封ず可きの民を聽き、淳朴未だ散ぜざるの世に當たれば、宜しく其の情を得ざる者無かるべし。何ぞ疑ひて不經の失有らんや。則ち知る、五聽の法は以て民を盡くすに足らず、疑獄の決し難きは古より之れ有り。故に聖人は寧ろ明ならずして不仁に忍びざるなり。今の獄を決するは輒ち明ならざるを恥ぢて、臆度の見、偏主の失を以て人を殺す。大いに恨む可きなり。夫れ天道は生を好み、鬼神は知る有り。奈何ぞ此れを為さん。故に寧ろ錯りて人を生かすとも、錯りて人を殺すこと休かれ。錯りて生かせば則ち生ける者は尚ほ悔過の時有り。錯りて殺せば則ち我も亦た人を殺すの罪有り。刑を司る者之を慎め。
現代語訳
罪無き者を殺すよりは、むしろ常道を外すほうがよいというのは、舜の時の裁きです。舜の聖と皋陶の明をもって、家ごとに封じられるほどの民を裁き、素朴さがまだ失われない世に当たれば、実情を掴めないことは無いはずです。どうして疑って常道を外す失敗があるでしょうか。そこで分かります。五つの聴き方の法では民を尽くせず、疑わしい裁きが決しがたいのは昔からあったのです。だから聖人は、明らかでないほうを選んで不仁に忍びなかったのです。今の裁きはすぐ明らかでないことを恥じて、推測の見方や偏った判断で人を殺します。大いに恨むべきです。天の道は生を好み、鬼神は知っています。どうしてこれをするのでしょうか。だから誤って人を生かしても、誤って人を殺してはいけません。誤って生かせば、生きた者になお悔い改める時があります。誤って殺せば、自分にも人を殺した罪があります。刑を司る者は慎みなさい。
解説
この章句が説くこと
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風憲忠告・審錄苐五書に曰わく、「庶獄庶慎」と。又曰わく、「佞に非ずして獄を折(さだ)む、惟れ良にして獄を折む」と。易に謂う、「君子は明慎に刑を用いて、獄を留めず」と。嗚呼、ここに於て聖人の生を好むの心、天地と等しきを見る。夫れ飢寒身に切なれば、深く義理を知るの人に非ざるよりは、敢えてその心の他無きを保せず。況んや蚩蚩(しし)の氓(たみ)、守牧為る者の教飬(きょうよう)至らずして、窮して盗を為すをや。是れ豈に已むを得んや。古人その然るを灼(あき)らかにする有り、故に制を為すや、恒に寛にして亟促(きょくそく)せず、恒に哀矜(あいきょう)して忿疾(ふんしつ)せず。これを均(ひと)しく盗と為すも、長幼疏戚の分有り。これを均しく姦と為すも、夫の亡ぶると夫の在るとの殊有り。疾有れば則ちこれを毉薬(いやく)し、疾革(あらた)まれば則ち梏(こく)を釈(と)き、人を入れてこれに侍せしむ。夫れ彼の冥迷凶険の徒、既に理に麗(かか)れり、何ぞ意を綴(つづ)るに足らんや。而して古人の制を為すこと此くの如きは、則ちその仁恕忠厚の情見るべし。昔欧陽公の父、死囚の獄を治め、その生を求めて得ざれば、則ち巻を掩(おお)いて嘆ず。其の言に曰わく、「夫れ常にその生を求むるすら、猶おこれを死に失う、況んや世常にその死を求むるをや」と。后の残忍なる者、一切務めずして、惟だ威刑をこれ尚(たっと)び、其の冤を茹(くら)いて死する者無しと謂うは、吾信ぜざるなり。夫れ官に蒞(のぞ)むの法、他無し、口は威にして心は善なるのみ。口威なれば則ちその事の集(な)らんことを欲し、心善なれば則ち軽易(けいい)に物を害せんことを欲せず。況んや久しく繋(つな)がるるの囚(しゅう)は、尤も当に慈祥を以て示すべし。これを召して稍(やや)前ならしめ、その旧に隷(したが)う所の卒吏を易(か)え、温にして善色を以てし、自らその顛末を陳べしめて、情疑う所無く、然る後にこれに参ずるに按を以てす。若し按に拠りて其の情を求むれば、人を誤らざる者鮮(すく)なし。蓋し州県に良吏無ければ、以て其の己に具うる所の文を敢えて信ぜざる所以なり。毫釐(ごうり)或いは差(たが)えば、生死の攸(かか)る繋(かか)る所なり。故に聖人謂う、「其の不辜(ふこ)を殺さんよりは、寧ろ不経を失え」と。又曰わく、「功疑わしきは惟れ重くし、罪疑わしきは惟れ軽くせよ」と。囚を論ずるの道、此に尽くせり。君子それ諸(これ)を慎めや。
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