呻吟語 / 外篇・治道・赦は何為る者ぞ
赦何為者?以為冤邪,當罪不明之有司;以為不冤邪,當報無辜之死恨。聖王有大慶雖枯骨罔不蒙恩。今傷者傷矣,死者死矣,含憤鬱鬱莫不欲仇我者速罹於法以快吾心,而乃赦之,是何仁於有罪而不仁於於無辜也。將殘賊幸赦而屢逞,善良聞赦而傷心,非聖王之政也。故聖王眚災宥過不待慶時,其刑故也不論慶時,夫是之謂大公至正之道。而不以一時之喜濫恩,則法執而小人懼,小人懼則善良得其所。
新字:赦何為者?以為冤邪,当罪不明之有司;以為不冤邪,当報無辜之死恨。聖王有大慶雖枯骨罔不蒙恩。今傷者傷矣,死者死矣,含憤鬱鬱莫不欲仇我者速罹於法以快吾心,而乃赦之,是何仁於有罪而不仁於於無辜也。将残賊幸赦而屡逞,善良聞赦而傷心,非聖王之政也。故聖王眚災宥過不待慶時,其刑故也不論慶時,夫是之謂大公至正之道。而不以一時之喜濫恩,則法執而小人懼,小人懼則善良得其所。
書き下し
赦は何為る者ぞ。以て冤と為さば、當に不明の有司を罪すべし。以て冤ならずと為さば、當に無辜の死恨に報ゆべし。聖王に大慶有らば枯骨と雖も恩を蒙らざる罔し。今傷つく者は傷つき、死する者は死す。憤を含み鬱鬱として我を仇とする者の速やかに法に罹りて以て吾が心を快くせんことを欲せざる莫し。而るに乃ち之を赦す。是れ何ぞ罪有るに仁にして無辜に仁ならざるや。將に殘賊は赦を幸ひとして屢しば逞しくし、善良は赦を聞きて傷心せんとす。聖王の政に非ざるなり。故に聖王の眚災を宥し過ちを宥すは慶時を待たず、其の故を刑するや慶時を論ぜず。夫れ是れを大公至正の道と謂ふ。而して一時の喜びを以て恩を濫にせずんば、則ち法執りて小人懼れ、小人懼るれば則ち善良其の所を得ん。
現代語訳
恩赦とは何でしょうか。冤罪だと考えるなら、明察でなかった役人を罰すべきです。冤罪でないと考えるなら、罪無く死んだ者の恨みに報いるべきです。聖王に大きな慶事があれば、枯れた骨さえ恩を蒙らないことはありません。今、傷ついた者は傷つき、死んだ者は死んでいます。憤りを抱えて塞ぎ、自分を仇とする者が速やかに法にかかって心が晴れることを願わない者はいません。それなのに赦してしまう。これはどうして罪ある者に仁で、罪無き者に仁でないのでしょうか。残虐な者は恩赦を幸いとしてたびたび思うままにし、善良な者は恩赦を聞いて心を痛めます。聖王の政治ではありません。だから聖王が過失や災いを宥すのは慶事の時を待たず、故意を罰するのは慶事の時を問いません。これを大いに公で至って正しい道と言います。一時の喜びで恩を濫りにしなければ、法が執り行われて小人が畏れ、小人が畏れれば善良な者が居場所を得ます。
解説

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