呻吟語 / 外篇・治道・弊無きの法無く、弊無きの身有り
堯、舜無不弊之法,而恃有不弊之身,用救弊之人以善天下之治,如此而已。今也不然,法有九利,不能必其無一害;法有始利,不能必其不終弊。嫉才妒能之人,惰身利口之士,執其一害終弊者訕笑之。謀國不切而慮事不深者,從而附和之。不曰天下本無事,安常襲故何妨,則曰時勢本難為,好動喜事何益。至大壞極弊,瓦解土崩,而後付之天命焉。嗚呼!
新字:堯、舜無不弊之法,而恃有不弊之身,用救弊之人以善天下之治,如此而已。今也不然,法有九利,不能必其無一害;法有始利,不能必其不終弊。嫉才妬能之人,惰身利口之士,執其一害終弊者訕笑之。謀国不切而慮事不深者,従而附和之。不曰天下本無事,安常襲故何妨,則曰時勢本難為,好動喜事何益。至大壊極弊,瓦解土崩,而後付之天命焉。嗚呼!
書き下し
堯・舜に弊無きの法無くして、弊無きの身有るを恃み、救弊の人を用ひて以て天下の治を善くす。此の如きのみ。今や然らず。法に九利有るも、其の一害無きを必とする能はず。法に始めの利有るも、其の終はりに弊せざるを必とする能はず。才を嫉み能を妒むの人、身に惰り口に利あるの士、其の一害終弊なる者を執りて之を訕笑す。國を謀ること切ならずして事を慮ること深からざる者、從ひて之に附和す。天下本と事無し、常に安んじ故に襲ふも何ぞ妨げんと曰はずんば、則ち時勢本と為し難し、動を好み事を喜ぶも何ぞ益あらんと曰ふ。大いに壞れ極めて弊し、瓦解土崩するに至りて、而る後に之を天命に付す。嗚呼。
現代語訳
堯舜に弊害の無い法は無く、弊害の無い身があることを頼りに、弊害を救う人を用いて天下の治を善くしました。それだけです。今はそうではありません。法に九つの利があっても、一つの害も無いとは言えません。法に初めの利があっても、終わりに弊害が出ないとは言えません。才を嫉み能を妬む人、身は怠けて口は達者な士が、その一つの害と終わりの弊害を取り上げて嘲笑します。国を謀ることが切実でなく事を慮ることが深くない者が、それに付和します。天下はもともと何事も無い、常に安んじ旧に従って何の妨げがあるかと言うか、時勢はもともと難しい、動くのを好み事を喜んで何の益があるかと言います。大いに壊れきわめて傷み、瓦解し土崩するに至って、その後に天命に任せます。ああ。
解説

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