呻吟語 / 外篇・治道・聖人の殺は、殺を止むる所以なり
聖人之殺,所以止殺也。故果於殺,而不為姑息。故殺者一二,而所全活者千萬。後世之不殺,所以滋殺也。不忍於殺一二,以養天下之奸,故生其可殺,而生者多陷於殺。嗚呼!後世民多犯死,則為人上者婦人之仁為之也。世欲治得乎?
新字:聖人之殺,所以止殺也。故果於殺,而不為姑息。故殺者一二,而所全活者千万。後世之不殺,所以滋殺也。不忍於殺一二,以養天下之奸,故生其可殺,而生者多陥於殺。嗚呼!後世民多犯死,則為人上者婦人之仁為之也。世欲治得乎?
書き下し
聖人の殺は、殺を止むる所以なり。故に殺に果にして、姑息を為さず。故に殺す者は一二にして、全活する所の者は千萬なり。後世の殺さざるは、殺を滋す所以なり。一二を殺すに忍びずして、以て天下の奸を養ふ。故に其の殺す可きを生かして、生かす者多く殺に陷る。嗚呼、後世の民多く死を犯すは、則ち人上たる者の婦人の仁之を為すなり。世治まらんと欲するも得んや。
現代語訳
聖人が殺すのは、殺しを止めるためです。だから殺すことに果断で、その場しのぎをしません。だから殺す者は一人二人で、生かし助ける者は千万です。後の世が殺さないのは、殺しを増やすためになっています。一人二人を殺すのに忍びないで、天下の奸を養います。だから殺すべき者を生かし、生かした者が多く殺されることになります。ああ、後の世の民が多く死罪を犯すのは、上に立つ者の婦人の仁がそうさせているのです。世が治まることを望んでも、得られるでしょうか。
解説
処刑の是非を、総数で判断します。一人二人を殺せば千万を生かし、一人二人を惜しめば奸が育って結果的に多くが死ぬ。目の前の一人に忍びないことが、遠くの多数を犠牲にするという構図です。婦人の仁という語が、その甘さを名指しています。厳しい主張ですが、算術としては一貫しており、決断を避けることの代価が示された一段になっています。
この章句が説くこと
止殺総数姑息婦人の仁代価
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