呻吟語 / 内篇・應務・寧ろ恕に過ぎて以て人の情を逃す
人有言不能達意者,有其狀非其本心者,有其言貌誣其本心者。君子現人與其過察而誣人之心,寧過恕以逃人之情。
新字:人有言不能達意者,有其状非其本心者,有其言貌誣其本心者。君子現人与其過察而誣人之心,寧過恕以逃人之情。
書き下し
人に言ひて意を達する能はざる者有り、其の狀其の本心に非ざる者有り、其の言貌其の本心を誣ふる者有り。君子の人を現るは、其の察に過ぎて人の心を誣ふるよりは、寧ろ恕に過ぎて以て人の情を逃さん。
現代語訳
言葉で意を伝えられない人がいます。様子が本心と違う人がいます。言葉や顔つきが本心を裏切ってしまう人がいます。君子が人を見るときは、察しすぎて人の心を言いがかりにするよりは、むしろ許しすぎて人の情を取り逃がすほうを選びます。
解説
言葉や表情が本心を正しく伝えないという前提から始まります。だから読み取りには必ず誤差がある。そこで誤差の向きを選べと言うのです。察しすぎて濡れ衣を着せるか、許しすぎて見逃すか。後者を選ぶという判断で、洞察力の高い人ほど陥りやすい危うさを封じています。洞察力の高い人ほど陥りやすい危うさを、封じています。読み取りには必ず誤差があるという前提が効いています。
この章句が説くこと
誤読洞察寛恕本心誤差
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