呻吟語 / 外篇・治道・民を憂ひて以て相ひ奉ず
卑卑世態,裊裊人情,在下者工不以道之悅,在上者悅不以道之工。奔走揖拜之日多,而公務填委;簡書酬酢之文盛,而民事罔聞。時光只有此時光,精神只有此精神,所專在此,則所疏在彼。朝廷設官本勞己以安民,今也憂民以相奉矣。
新字:卑卑世態,裊裊人情,在下者工不以道之悅,在上者悅不以道之工。奔走揖拝之日多,而公務填委;簡書酬酢之文盛,而民事罔聞。時光只有此時光,精神只有此精神,所専在此,則所疏在彼。朝廷設官本労己以安民,今也憂民以相奉矣。
書き下し
卑卑たる世態、裊裊たる人情は、下に在る者は工にして道を以てせざるの悅び、上に在る者は悅びて道を以てせざるの工なり。奔走揖拜の日多くして、公務填委す。簡書酬酢の文盛んにして、民事聞くこと罔し。時光は只だ此の時光有り、精神は只だ此の精神有り。專らにする所此に在らば、則ち疏なる所彼に在り。朝廷の官を設くるは本と己を勞して以て民を安んずるなり。今や民を憂ひて以て相ひ奉ずるなり。
現代語訳
卑しく低い世の有様、なよなよした人の情は、下にいる者が巧みに道によらない喜ばせ方をし、上にいる者が道によらない巧みさを喜ぶことです。走り回り挨拶する日が多くて、公務は積み上がったままです。書状や応酬の文が盛んで、民の事は耳に入りません。時間はこの時間しかなく、精神はこの精神しかありません。専らにするところがここにあれば、疎かになるところがあちらにあります。朝廷が官を設けたのは、もともと自分を労して民を安んじるためです。今は民に憂いを与えて互いに奉じ合っています。
解説
上下が互いに気を遣い合う状態を描きます。下は巧みに喜ばせ、上はその巧みさを喜ぶ。結果、挨拶と書状が増えて公務と民事が滞ります。そして原因が示されます。時間も精神も総量が決まっているので、ここに注げばあちらが疎かになる。最後の一句が鋭く、自分を労して民を安んじるはずが、民を憂わせて互いに奉じ合う形に逆転しています。
この章句が説くこと
内向き挨拶総量逆転民事
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