呻吟語 / 外篇・治道・矩は言ふ無くして萬物之に則る
矩之不可以不直方也,是萬物之所以曲直斜正也。是故矩無言而萬物則之無毫髮違,直方也。哀哉!為政之徒言也。
新字:矩之不可以不直方也,是万物之所以曲直斜正也。是故矩無言而万物則之無毫髪違,直方也。哀哉!為政之徒言也。
書き下し
矩の以て直方ならざる可からざるは、是れ萬物の曲直斜正する所以なり。是の故に矩は言ふ無くして萬物之に則り、毫髮の違ひ無きは、直方なればなり。哀しいかな、政を為すの徒だ言ふのみなるは。
現代語訳
曲尺がまっすぐで方正でなければならないのは、万物の曲がり直り斜めまっすぐが、それで決まるからです。だから曲尺は何も言わないのに万物がそれに則り、毛ほどの違いも無いのは、まっすぐで方正だからです。悲しいことです、政治がただ言葉だけになっているのは。
解説
曲尺を基準の象徴として使います。まっすぐで方正だから、何も言わなくても万物が則り、狂いが出ません。基準が正しければ、言葉は要らないということです。そして最後に、今の政治が言葉だけになっていると嘆かれます。号令や訓示が多いのは、基準そのものが揺れている印だという含みが読めます。前に出てきた、黙って成し遂げるのが上の徳だという段と重なります。

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矩基準無言狂い無し言葉
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