呻吟語 / 外篇・治道・眾怒・義怒・恩怒
兵以死使人者也。用眾怒,用義怒,用恩怒。眾怒仇在萬姓也,湯武之師是已。義怒以直攻曲也,三軍縞素是已。恩怒感淚思奮也,李牧犒三軍,吳起同甘苦是已。此三者,用人之心,可以死人之身,非是皆強驅之也。猛虎在前,利兵在後,以死毆死,不戰安之?然而取勝者幸也,敗與潰者十九。
新字:兵以死使人者也。用眾怒,用義怒,用恩怒。眾怒仇在万姓也,湯武之師是已。義怒以直攻曲也,三軍縞素是已。恩怒感涙思奮也,李牧犒三軍,吳起同甘苦是已。此三者,用人之心,可以死人之身,非是皆強駆之也。猛虎在前,利兵在後,以死殴死,不戦安之?然而取勝者幸也,敗与潰者十九。
書き下し
兵は死を以て人を使ふ者なり。眾怒を用ひ、義怒を用ひ、恩怒を用ふ。眾怒は仇の萬姓に在るなり、湯武の師是れのみ。義怒は直を以て曲を攻むるなり、三軍縞素是れのみ。恩怒は淚に感じて奮ふを思ふなり、李牧の三軍を犒ひ、吳起の甘苦を同じくする是れのみ。此の三者は、人の心を用ひて、以て人の身を死す可し。是れに非ずんば皆な強ひて之を驅るなり。猛虎前に在り、利兵後に在らば、死を以て死に毆るも、戰はずして安んぞ之かん。然り而して勝を取るは幸ひなり。敗と潰とは十に九なり。
現代語訳
兵は死をもって人を使うものです。人々の怒りを用い、義の怒りを用い、恩の怒りを用います。人々の怒りとは、仇が万民にある場合で、湯王と武王の軍がそれです。義の怒りとは、まっすぐさで曲がりを攻める場合で、三軍が白装束になるのがそれです。恩の怒りとは、涙に感じて奮い立つことで、李牧が三軍を労い、呉起が苦楽を共にしたのがそれです。この三つは人の心を用いて、人の身を死なせられます。これでなければ、みな無理に駆り立てるだけです。猛虎が前にいて鋭い兵が後ろにいれば、死で死に追い立てるので、戦わずにどこへ行けるでしょうか。それで勝つのは幸運です。敗れるか崩れるかが十のうち九です。
解説
兵を死地に向かわせる三つの怒りを挙げます。万民の仇への怒り、曲がりへの義の怒り、恩に感じた怒り。どれも心から出ています。これ以外は無理に駆り立てるだけで、前に猛虎、後ろに刃という状態です。そこで勝つのは幸運で、十のうち九は敗れるか崩れる。強制と心服の成功率が、数字で対比された一段になっています。心から出た力と、追い立てた力の差が示されます。
この章句が説くこと
三怒心服強制成功率兵
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