呻吟語 / 外篇・治道・相機と養氣
吳越之戰利用智,羌胡之戰利用勇。智在相機,勇在養氣。相機者務使鬼神不可知,養氣者務使身家不肯顧,此百姓之道也。
新字:吳越之戦利用智,羌胡之戦利用勇。智在相機,勇在養気。相機者務使鬼神不可知,養気者務使身家不肯顧,此百姓之道也。
書き下し
吳越の戰は智を用ふるに利あり、羌胡の戰は勇を用ふるに利あり。智は機を相るに在り、勇は氣を養ふに在り。機を相る者は務めて鬼神をして知る可からざらしめ、氣を養ふ者は務めて身家をして顧みるを肯んぜざらしむ。此れ百姓の道なり。
現代語訳
呉越の戦いは智を用いるのが有利で、羌や胡との戦いは勇を用いるのが有利です。智は機を見ることにあり、勇は気を養うことにあります。機を見る者は鬼神にも知られないように努め、気を養う者は身も家も顧みる気にならないように努めます。これが多くの人を動かす道です。
解説
相手によって使う手を分けます。呉越なら智、羌胡なら勇。そして中身が示されます。智は機を見ること、勇は気を養うこと。さらに徹底の仕方が対比されます。機は鬼神にも知られないほど隠し、気は身も家も顧みないほど高める。片方は隠すことで、もう片方は捨てることで極まる。方向が正反対なのが要点です。手そのものより、徹底の仕方が違うという構図です。
この章句が説くこと
智勇相機養気隠す捨てる
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