呻吟語 / 外篇・治道・其の乘ずる所を得ると人の乘ずる所と為ると
以精乘雜,以備乘疏,以勇乘怯,以智乘愚,以有餘乘不足,以有意乘不意,以決乘二三,以合德乘離心,以銳乘疲,以慎乘怠,則多寡強弱非所論矣。故戰之勝負無他,得其所乘與為人所乘,其得失不啻百也。實精也,而示之以雜;實備也,而示之以疏;實勇也,而示之以怯;實智也,而示之以愚;實有餘也,而示之以不足;實有意也,而示之以不意;實有決也,而示之以二三;實合德也,而示之以離心;實銳也,而示之以疲;實慎也,而示之以怠,則多寡強弱亦非所論矣。故乘之可否無他,知其所示,知其無所示,其得失亦不啻百也。故不藏其所示,凶也。誤中於所示,凶也。此將家之所務審也。
新字:以精乗雑,以備乗疏,以勇乗怯,以智乗愚,以有余乗不足,以有意乗不意,以決乗二三,以合徳乗離心,以銳乗疲,以慎乗怠,則多寡強弱非所論矣。故戦之勝負無他,得其所乗与為人所乗,其得失不啻百也。実精也,而示之以雑;実備也,而示之以疏;実勇也,而示之以怯;実智也,而示之以愚;実有余也,而示之以不足;実有意也,而示之以不意;実有決也,而示之以二三;実合徳也,而示之以離心;実銳也,而示之以疲;実慎也,而示之以怠,則多寡強弱亦非所論矣。故乗之可否無他,知其所示,知其無所示,其得失亦不啻百也。故不蔵其所示,凶也。誤中於所示,凶也。此将家之所務審也。
書き下し
精を以て雜に乘じ、備を以て疏に乘じ、勇を以て怯に乘じ、智を以て愚に乘じ、餘り有るを以て足らざるに乘じ、意有るを以て意あらざるに乘じ、決を以て二三に乘じ、合德を以て離心に乘じ、銳を以て疲に乘じ、慎を以て怠に乘ぜば、則ち多寡強弱は論ずる所に非ず。故に戰の勝負は他無し、其の乘ずる所を得ると人の乘ずる所と為ると、其の得失は啻だに百のみならず。實は精なるも、之に示すに雜を以てし、實は備はるも、之に示すに疏を以てし、實は勇なるも、之に示すに怯を以てし、實は智なるも、之に示すに愚を以てし、實は餘り有るも、之に示すに足らざるを以てし、實は意有るも、之に示すに意あらざるを以てし、實は決有るも、之に示すに二三を以てし、實は合德なるも、之に示すに離心を以てし、實は銳なるも、之に示すに疲を以てし、實は慎なるも、之に示すに怠を以てせば、則ち多寡強弱も亦た論ずる所に非ず。故に之に乘ずるの可否は他無し、其の示す所を知ると、其の示す所無きを知ると、其の得失も亦た啻だに百のみならず。故に其の示す所を藏さざるは、凶なり。誤りて示す所に中たるは、凶なり。此れ將家の審らかにするを務むる所なり。
現代語訳
精しさで雑に乗じ、備えで疎に乗じ、勇で怯えに乗じ、智で愚に乗じ、余りで足りなさに乗じ、意図で不意に乗じ、決断で迷いに乗じ、心の合致で心の離れに乗じ、鋭さで疲れに乗じ、慎みで怠りに乗じれば、多いか少ないか強いか弱いかは問題になりません。だから戦の勝敗に他はありません。乗じる所を得るか、人に乗じられるか、その得失は百どころではありません。実は精しくても雑と見せ、実は備えていても疎と見せ、実は勇でも怯えと見せ、実は智でも愚と見せ、実は余りがあっても足りないと見せ、実は意図があっても不意と見せ、実は決断があっても迷いと見せ、実は心が合っていても離れていると見せ、実は鋭くても疲れと見せ、実は慎んでいても怠りと見せれば、多いか少ないか強いか弱いかもまた問題になりません。だから乗じられるかどうかに他はありません。相手が示すものを知るか、示していないと知るか、その得失もまた百どころではありません。だから示すものを隠さないのは凶です。誤って示されたものに当たるのは凶です。これが将たる家が明らかにすべきことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・多寡強弱は必ず較ぶる所に在り兩つながら精しく兩つながら備はり、兩つながら勇にして兩つながら智、兩つながら愚にして兩つながら意あらば、則ち多寡強弱は必ず較ぶる所に在り。
-
『呻吟語』外篇・治道・兵は陰物なり兵は、陰物なり。兵を用ふるは、陰道なり。故に謀を貴ぶ。謀を好まざれば成らず。我の動定は敵人聞かず、敵の動定は盡く我が心に在り。此れ萬全の計なり。
-
呂氏春秋・決勝②夫れ民に常勇無く、亦た常怯無し。氣あれば則ち實ち、實つれば則ち勇なり。氣無ければ則ち虚、虚なれば則ち怯なり。怯勇虚實は、其の由甚だ微なり。知らざる可からず。勇なれば則ち戰い、怯なれば則ち北ぐ。戰いて勝つ者は、其の勇を戰わす者なり。戰いて北ぐる者は、其の怯を戰わす者なり。怯勇常無く、儵忽往來して、其の方を知るもの莫し。惟聖人のみ獨り其の由りて然る所を見る。故に商・周は以て興り、桀・紂は以て亡ぶ。巧拙の相過ぐる所以は、民の氣を益すと民の氣を奪うとに以てし、能く衆を鬭わすと衆を鬭わすこと能わざるとに以てす。軍大なりと雖も、卒多しと雖も、勝ちに益無し。軍大に卒多くして鬭う能わざれば、衆其の寡きに若かざるなり。夫れ衆の福い為るや大にして、其の禍い為るや亦た大なり。之を譬うれば、深淵に漁して、其の魚を得るや大なるも、其の害為るや亦た大なるが若し。善く兵を用うる者は、諸邊の內、與に鬭わざるもの莫く、廝輿白徒と雖も、方數百里より、皆來たりて會戰するは、勢之をして然らしむるなり。勢いなる者は、戰期を審らかにして、以て之を羈誘する有り。凡そ兵は、其の因るを貴ぶ。因るとは、敵の險に因りて以て己の固めを為し、敵の謀に因りて以て己の事を為す。能く因ることを審らかにして加うれば勝つ。則ち窮む可からず。勝つこと窮む可からざるを之れ神と謂う。神なれば則ち勝つ可からざるを能くす。夫れ兵は、勝つ可からざるを貴ぶ。勝つ可からざること己に在り、勝つ可きこと彼に在り。聖人は己に在る者を必とし、彼に在る者を必とせず。故に勝つ可からざるの術を執りて、以て勝たざるの敵に遇う。此くの若くなれば則ち兵に失無し。凡そ兵の勝つは、敵の失なり。失に勝つの兵は、必ず隱に必ず微に、必ず積に必ず摶なり。隱なれば則ち闡に勝ち、微なれば則ち顯に勝ち、積なれば則ち散に勝ち、摶なれば則ち離に勝つ。諸々の搏攫柢噬の獸、其の齒角爪牙を用うるや、必ず卑微隱蔽に託す。此れ勝ちを成す所以なり。
-
『呻吟語』内篇・應務・乘とは幾を知るの謂ひ善く力を用ふる者は力に就き、善く勢を用ふる者は勢に就き、善く智を用ふる者は智に就き、善く財を用ふる者は財に就く。夫れ是れを之れ乘と謂ふ。乘とは、幾を知るの謂ひなり。其の乘る所を失へば、則ち倍勞して力就らず。其の乘る所を得れば、則ち物と忤ふ無く、我に困しむ無くして、天下其の利を享く。
-
『呻吟語』外篇・治道・治道は陽を尚び、兵道は陰を尚ぶ治道は陽を尚び、兵道は陰を尚ぶ。治道は方を尚び、兵道は圓を尚ぶ。是れ惟だ言ふ無し、言へば必ず行ふ。是れ惟だ行ふ無し、行へば必ず竟ふ。易簡明達なる者は、治の用なり。之を言ひて必ずしも行はざる者有り、之を言ひて即ち行ふ者有り、之を行ひて後に言ふ者有り、之を行ひて竟に言はざる者有り、之を行ひて其の言ふ所に非ざる者有り。融通變化し、我を信じ彼を疑はしむる者は、兵の用なり。二者雜へ施さば、敗れざること鮮し。
-
『呻吟語』内篇・應務・要は機に相ふに在り天下の事は、速やかにして之に迫る者有り、遲くして之に耐ふる者有り、勇にして之を劫かす者有り、柔にして之を折る者有り、憤にして之を激する者有り、喻して之を悟らしむる者有り、獎めて之を歆ましむる者有り、甚だしくして之を談ずる者有り、順にして之を緩くする者有り、誠を積みて之を感ぜしむる者有り。要は機に相ふに在り。時に因りて舛り施せば、未だ敗れざる者有らざるなり。