呻吟語 / 外篇・治道・名器の義は大なるかな
名器於人無分毫之益,而國之存亡、民之死生於是乎系。是故衮冕非暖於綸巾,黃瓦非堅於白屋,別等威者非有利於身,受跪拜者非有益於己,然而聖王重之者,亂臣賊子非此無以防其漸而示之殊也。是故雖有大奸惡,而以區區之名分折之,莫不失辭喪氣。吁!名器之義大矣哉!
新字:名器於人無分毫之益,而国之存亡、民之死生於是乎系。是故衮冕非暖於綸巾,黄瓦非堅於白屋,別等威者非有利於身,受跪拝者非有益於己,然而聖王重之者,乱臣賊子非此無以防其漸而示之殊也。是故雖有大奸悪,而以区区之名分折之,莫不失辞喪気。吁!名器之義大矣哉!
書き下し
名器は人に於て分毫の益無くして、國の存亡、民の死生は是に於て系かる。是の故に衮冕は綸巾より暖かなるに非ず、黃瓦は白屋より堅きに非ず。等威を別つ者は身に利有るに非ず、跪拜を受くる者は己に益有るに非ず。然り而して聖王の之を重んずる者は、亂臣賊子は此れに非ずんば以て其の漸を防ぎて之に殊を示す無ければなり。是の故に大奸惡有りと雖も、區區の名分を以て之を折らば、辭を失し氣を喪はざる莫し。吁、名器の義は大なるかな。
現代語訳
名と器は人にとって毛ほどの益もありませんが、国の存亡と民の死生がそこに懸かっています。だから礼服は頭巾より暖かいわけではなく、黄色の瓦は白い家より堅いわけではありません。等級と威を分ける者に身の利があるわけではなく、跪き拝まれる者に自分の益があるわけではありません。それでも聖王がこれを重んじたのは、乱臣賊子はこれが無ければ兆しを防いで差を示すことができないからです。だから大きな奸悪の者がいても、わずかな名分でこれを折れば、言葉を失い気を喪わない者はいません。ああ、名と器の意味は大きい。
解説
身分の標識に実用の益が無いことを、まず認めます。礼服は暖かくなく、黄色の瓦は堅くありません。それでも重んじられる理由が一つ示されます。名分が無ければ、逸脱の兆しを防いで差を示せないからです。そして効果が具体的に語られます。大きな奸悪の者でも、わずかな名分を突きつければ言葉を失う。形式の力を、実例の形で示した一段になっています。
この章句が説くこと
名器無実用名分兆し抑止
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・禮の一字は全く是れ個の虛文禮の一字は、全く是れ個の虛文なり。而して國の治亂、家の存亡、人の死生、事の成敗は之に由らざる罔し。故に君子の禮を重んずるは、其の能く生を厚くし用を利する人に謂ふに非ず。厚生利用なる者の必ず賴る所なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・名器服飾に一定の籌差有り凡そ名器服飾は、天子より下し庶人より上、各おの一定の籌差有り。僭逼す可からず。上太だ殺ぐは是れを下に逼ると謂ひ、下太だ隆きは是れを上を僭すと謂ふ。先王は裁抑して以て下に逼らざるなり。而して下も敢へて僭せず。
-
『呻吟語』外篇・治道・實用を喪ひて無用を求む天下の萬事萬物は皆な個の實用を求むるを要す。實用とは、吾が身心と損益に關はる者なり。凡そ一切の急ならざるの物、耳目の玩好に供する者は、皆な實用に非ざるなり。愚者は甚だしきは其の實用を喪ひて以て無用を求むるに至る。悲しいかな。是の故に明君の天下を治むるや、必ず先づ盡く靡文を革め、而して嚴しく淫巧を誅す。
-
『呻吟語』内篇・修身・名分を尊ぶと時勢に諂ふ名分なる者は、天下の共に守る所の者なり。名分立たざれば、則ち朝廷の紀綱尊ばれずして法令行はれず。聖人は名分を以て道を行ひ、曲士は道を恃みて名分を壓す。知らず、孔子の道は魯侯を視るに奚ぞ啻に天壤のみならんや。而も《鄉黨》一篇は何等にか君臣の禮を盡くせる。乃ち知る、名分を尊ぶと時勢に諂ふとは同じからざることを。名分の在る所は、一毫も敢へて傲惰ならず。時勢の在る所は、一毫も敢へて阿諛せず。
-
『呻吟語』内篇・談道・禮の世に於けるや大なる哉禮教大いに明らかなれば、中に禮を犯す者一人有らば、則ち眾以て肆なりと為して容るる所無し。禮教明らかならざれば、中に禮を守る者一人有らば、則ち眾以て怪なりと為して容るる所無し。禮の世に於けるや大なる哉。
-
『呻吟語』外篇・治道・威を用ふるは理を行ふ所以なり夫れ法堂に坐し、聲色を厲しくし、侍列に武卒あり、錯陳に嚴刑あらば、生かす可く殺す可く、惟だ吾が為さんと欲する所にして之を禁ずる莫し。泰然として志を得ざるに非ざるなり。俄かにして狂士の直言正色し、過ちを詆り失を攻め、尊嚴を畏れざる有らば、則ち王公貴人も之が為に氣を奪はる。斯の時に於てや、威は以て之を死せしむるに足らざるに非ざるなり。理屈して威以て之を劫せば、則ち能く之を死せしむるも之を服せしむる能はず。大盜昏夜に利刃を持して人の頸に加へば、人焉んぞ得て畏れざらんや。無理の威を伸ばして以て人を服せしむるは、盜の類なり。上に在る者の恥づる所なり。彼は理を以て伸び、我は威を以て伸びば、則ち彼の伸ぶる所の者蓋し多し。故に上たる者の威を用ふるは、理を行ふ所以なり。勢を行ふに非ざるなり。