呻吟語 / 外篇・治道・惟だ禮を守るのみ以て人を笑ふ可し
今四海九州之人,郡異風,鄉殊俗,道德不一故也。故天下皆守先王之禮,事上接下,交際往來,揆事宰物,率遵一個成法,尚安有詆笑者乎?故惟守禮可以笑人。
新字:今四海九州之人,郡異風,鄉殊俗,道徳不一故也。故天下皆守先王之礼,事上接下,交際往来,揆事宰物,率遵一個成法,尚安有詆笑者乎?故惟守礼可以笑人。
書き下し
今四海九州の人は、郡ごとに風を異にし、鄉ごとに俗を殊にす。道德一ならざる故なり。故に天下皆な先王の禮を守り、上に事へ下に接し、交際往來、事を揆り物を宰するに、率ね一個の成法に遵はば、尚ほ安んぞ詆笑する者有らんや。故に惟だ禮を守るのみ以て人を笑ふ可し。
現代語訳
今、天下の人は郡ごとに風が異なり、村ごとに習わしが違います。道徳が一つでないからです。だから天下がみな先王の礼を守り、上に仕え下に接し、交わり行き来し、事を測り物を裁くのに、おおむね一つの定まった法に従うなら、どうして嘲る者がいるでしょうか。だから礼を守る者だけが人を笑えます。
解説
風俗が郡や村で違う原因を、道徳が一つでないことに求めます。基準が無ければ、互いに相手を変だと思うからです。そして共通の礼があれば嘲る者はいなくなる、と。最後の一句が鋭く、礼を守る者だけが人を笑う資格を持つとされます。自分も基準の外にいる者は、誰かを笑う立場にありません。笑いの資格を、基準の共有に結びつけた一段です。
この章句が説くこと
風俗道徳共通礼資格
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