呻吟語 / 外篇・治道・刑部只だ個の法の字有り
余佐司寇日,有罪人情極可恨,而法無以加者,司官曲擬重條,余不可。司官曰:「非私惡也,以懲惡耳。」余曰:「謂非私惡誠然,謂非作惡可乎?君以公惡輕重法,安知他日無以私惡輕重法者乎?刑部只有個法字,刑官只有個執宇,君其慎之!」
新字:余佐司寇日,有罪人情極可恨,而法無以加者,司官曲擬重条,余不可。司官曰:「非私悪也,以懲悪耳。」余曰:「謂非私悪誠然,謂非作悪可乎?君以公悪軽重法,安知他日無以私悪軽重法者乎?刑部只有個法字,刑官只有個執宇,君其慎之!」
書き下し
余司寇を佐くる日、罪人の情極めて恨む可くして、法以て加ふる無き者有り。司官曲げて重條に擬す。余可とせず。司官曰く、「私惡に非ざるなり、以て惡を懲らすのみ」と。余曰く、「私惡に非ずと謂ふは誠に然り。惡を作すに非ずと謂ふは可ならんや。君公惡を以て法を輕重すれば、安んぞ他日私惡を以て法を輕重する者無きを知らんや。刑部只だ個の法の字有り、刑官只だ個の執の字有り。君其れ之を慎め」と。
現代語訳
私が刑部の次官を務めていたとき、罪人の情がひどく憎むべきで、法では加えようがない者がいました。担当官が曲げて重い条文に当てはめました。私は許しませんでした。担当官が言いました。私的な憎しみではありません、悪を懲らすためです。私は言いました。私的な憎しみでないのは確かです。しかし悪をなしていないと言えるでしょうか。君が公の憎しみで法を軽くも重くもするなら、後日に私的な憎しみで法を軽重する者が出ないと、どうして分かるでしょうか。刑部にはただ法という一字があり、刑官にはただ執るという一字があります。君は慎みなさい。
解説
自分の経験を記した一段です。憎むべき罪人に法が届かないとき、担当官が条文を曲げて重くしました。動機は公で、私心はありません。それでも許さない理由が示されます。公の憎しみで軽重できるなら、私の憎しみで軽重する者も出るからです。前例が仕組みを壊すという指摘で、最後に二つの一字が示されます。刑部は法、刑官は執る。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
法執る例外前例公私
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