呻吟語 / 外篇・治道・上の政體に常有り
天之氣運有常,人依之以事作,而百務成;因之以長養,而百病少。上之政體有常,則下之志趨定,而漸可責成。人之耳目一,而因以寡過。
新字:天之気運有常,人依之以事作,而百務成;因之以長養,而百病少。上之政体有常,則下之志趨定,而漸可責成。人之耳目一,而因以寡過。
書き下し
天の氣運に常有り。人之に依りて以て事作し、而して百務成る。之に因りて以て長養し、而して百病少なし。上の政體に常有らば、則ち下の志趨定まりて、漸く成を責む可し。人の耳目一にして、因りて以て過ち寡なし。
現代語訳
天の気の巡りには常があります。人はそれによって仕事を起こし、あらゆる務めが成ります。それによって育ち養われ、あらゆる病が少なくなります。上の政治の体に常があれば、下の志の向かう先が定まり、次第に成果を求められます。人の耳目が一つになって、それで過ちが少なくなります。
解説
天の気の巡りを、政治の手本として引きます。常があるから仕事が起こせ、育ちも安定する。同じように、上の政治に常があれば下の志が定まります。そして成果を求められるのは、その後です。定まっていないうちに成果を求めても無理だということになります。前に出てきた、常が民の志を定めるという段の、農事に寄せた言い換えです。
この章句が説くこと
常気運志成果順序
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