呻吟語 / 外篇・治道・常の字
天地所以信萬物,聖人所以安天下,只是一個常字。常也者,帝王所以定民志者也。常一定,則樂者以樂為常,不知德;苦者以苦為常,不知怨。若謂當然,有趨避而無恩仇,非有大奸臣凶,不敢輒生厭足之望,忿恨之心,何則?狃於常故也。
新字:天地所以信万物,聖人所以安天下,只是一個常字。常也者,帝王所以定民志者也。常一定,則楽者以楽為常,不知徳;苦者以苦為常,不知怨。若謂当然,有趨避而無恩仇,非有大奸臣凶,不敢輒生厭足之望,忿恨之心,何則?狃於常故也。
書き下し
天地の萬物を信ずる所以、聖人の天下を安んずる所以は、只だ是れ一個の常の字なり。常なる者は、帝王の民志を定むる所以の者なり。常一たび定まれば、則ち樂しむ者は樂を以て常と為して、德を知らず。苦しむ者は苦を以て常と為して、怨みを知らず。若し當然と謂はば、趨避有りて恩仇無し。大奸臣凶に非ずんば、敢へて輒ち厭足の望み、忿恨の心を生ぜず。何となれば則ち、常に狃るる故なり。
現代語訳
天地が万物に信じられ、聖人が天下を安んじるのは、ただ常という一字です。常とは、帝王が民の志を定めるものです。常がひとたび定まれば、楽しむ者は楽しみを常として恵みと思わず、苦しむ者は苦しみを常として怨みと思いません。当然と思えば、避けたり向かったりはあっても、恩も仇もありません。大きな奸臣や凶悪な者でなければ、飽き足らない望みや憤りの心をすぐには起こしません。なぜか。常に馴れているからです。
解説
常という一字を、統治の要に置きます。定まっていれば、楽しむ者も苦しむ者も、それを当然と受け取ります。恵みとも怨みとも思わないのが要点で、感情が動かないぶん安定します。取り分の多寡ではなく、変わらないことが人を落ち着かせるという見方です。前に出てきた、制度をしばしば変えるなという段が、ここで人の心の側から根拠づけられています。
この章句が説くこと
常定志馴れ恩仇安定
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