呻吟語 / 外篇・治道・尸位素餐の四字を逃れ得ず
不傷財,不害民,只是不為虐耳。苟設官而惟虐之慮也,不設官其誰虐之?正為家給人足,風移俗易,興利除害,轉危就安耳。設廉靜寡慾,分毫無損於民,而萬事廢弛,分毫無益於民也,逃不得尸位素餐四字。
新字:不傷財,不害民,只是不為虐耳。苟設官而惟虐之慮也,不設官其誰虐之?正為家給人足,風移俗易,興利除害,転危就安耳。設廉静寡慾,分毫無損於民,而万事廃弛,分毫無益於民也,逃不得尸位素餐四字。
書き下し
財を傷らず、民を害せざるは、只だ是れ虐を為さざるのみ。苟しくも官を設けて惟だ之を虐ぐるを慮らば、官を設けずんば其れ誰か之を虐げん。正に家給し人足り、風移り俗易はり、利を興し害を除き、危を轉じて安に就くが為のみ。設し廉靜寡慾にして、分毫も民に損する無きも、萬事廢弛して、分毫も民に益する無くんば、尸位素餐の四字を逃れ得ず。
現代語訳
財を損なわず民を害さないのは、ただ虐げていないだけです。もし官を設けてそれが虐げることばかり心配なら、官を設けなければ誰が虐げるでしょうか。官を設けるのは、家が足り人が足り、風が移り俗が変わり、利を興し害を除き、危うさを転じて安らかにするためです。もし清廉で静かで欲が少なく、毛ほども民に損をさせなくても、万事が緩んで毛ほども民に益しないなら、位を空しく占めて禄を食むという四字を逃れられません。
解説
害を与えないことを、功績から外します。虐げないだけなら、官を置かないのと同じだからです。官を置く理由は六つ挙げられ、どれも積極的な働きです。そして清廉で欲が少なくても、何も益さなければ位を空しく占めているだけだと断じられます。清廉が免罪符にならないという主張で、無害な役人への最も厳しい判定になっています。
この章句が説くこと
無害功績清廉尸位素餐積極
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