呻吟語 / 外篇・治道・世道に三責有り
世道有三責:責貴,責賢,責壞綱亂紀之最者。三責而世道可回矣。貴者握風俗教化之權,而首壞以為庶人倡,則庶人莫不象之。賢者明風俗教化之道,而自壞以為不肖者倡,則不肖者莫不象之。責此二人,此謂治本。風教既壞,誅之不可勝誅,故擇其最甚者以令天下,此渭治末。本末兼治,不三年而四海內光景自別。乃今貴者、賢者為教化風俗之大蠢,而以體面寬假之,少嚴則曰苛刻以傷士大夫之體,不知二帝三王曾有是說否乎?世教衰微,人心昏醉,不知此等見識何處來?所謂淫朋比德,相為庇護,以藏其短,而道與法兩病矣。天下如何不敝且亂也?
新字:世道有三責:責貴,責賢,責壊綱乱紀之最者。三責而世道可回矣。貴者握風俗教化之権,而首壊以為庶人倡,則庶人莫不象之。賢者明風俗教化之道,而自壊以為不肖者倡,則不肖者莫不象之。責此二人,此謂治本。風教既壊,誅之不可勝誅,故択其最甚者以令天下,此渭治末。本末兼治,不三年而四海内光景自別。乃今貴者、賢者為教化風俗之大蠢,而以体面寛仮之,少厳則曰苛刻以傷士大夫之体,不知二帝三王曽有是説否乎?世教衰微,人心昏酔,不知此等見識何処来?所謂淫朋比徳,相為庇護,以蔵其短,而道与法両病矣。天下如何不敝且乱也?
書き下し
世道に三責有り。貴を責め、賢を責め、綱を壞り紀を亂すの最なる者を責む。三責して世道回す可し。貴き者は風俗教化の權を握りて、首めに壞りて以て庶人の倡と為れば、則ち庶人之に象らざる莫し。賢なる者は風俗教化の道を明らかにして、自ら壞りて以て不肖者の倡と為れば、則ち不肖者之に象らざる莫し。此の二人を責むる、此れを治本と謂ふ。風教既に壞れなば、之を誅するも誅するに勝ふ可からず。故に其の最も甚だしき者を擇びて以て天下に令す。此れを治末と謂ふ。本末兼ね治めば、三年ならずして四海の內光景自ら別ならん。乃ち今貴き者、賢なる者は教化風俗の大蠹と為りて、體面を以て之を寬假す。少しく嚴なれば則ち苛刻にして以て士大夫の體を傷ると曰ふ。知らず、二帝三王曾て是の說有りや否や。世教衰微し、人心昏醉す。知らず此等の見識何處より來たるかを。所謂淫朋比德、相ひ為に庇護して以て其の短を藏し、道と法と兩つながら病むなり。天下如何ぞ敝れ且つ亂れざらんや。
現代語訳
世の道には三つの責めがあります。貴い者を責め、賢い者を責め、綱紀を壊し乱す最たる者を責める。三つを責めれば世の道は取り戻せます。貴い者は風俗と教化の権を握っていて、真っ先に壊して庶人の先導になれば、庶人はみなそれに倣います。賢い者は風俗と教化の道を明らかにしていて、自ら壊して愚かな者の先導になれば、愚かな者はみなそれに倣います。この二人を責めるのを、根本を治めると言います。風俗と教えがすでに壊れれば、誅しても誅しきれません。だから最もひどい者を選んで天下に示します。これを末を治めると言います。本と末をともに治めれば、三年たたずに天下の様子は自ずと変わります。ところが今、貴い者と賢い者が教化と風俗の大きな虫となって、体面を理由に大目に見られています。少し厳しくすれば、苛刻で士大夫の体面を傷つけると言います。二帝三王にそんな説があったでしょうか。世の教えは衰え、人の心は酔い痴れています。こうした見識がどこから来たのか分かりません。いわゆる仲間同士が徳を比べ合い、互いに庇い合って短所を隠し、道も法もともに病むのです。天下がどうして傷み乱れずにいられるでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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