呻吟語 / 外篇・治道・階に級有り
禮之有次第也,猶堂之有階,使人不得驟僭也。故等級不妨於太煩。階有級,雖疾足者不得闊步;禮有等,雖倨傲者不敢凌節。
新字:礼之有次第也,猶堂之有階,使人不得驟僭也。故等級不妨於太煩。階有級,雖疾足者不得闊歩;礼有等,雖倨傲者不敢凌節。
書き下し
禮の次第有るは、猶ほ堂の階有るがごとし。人をして驟かに僭する得ざらしむ。故に等級は太だ煩はしきを妨げず。階に級有らば、疾足の者と雖も闊步するを得ず。禮に等有らば、倨傲なる者と雖も敢へて節を凌がず。
現代語訳
礼に順序があるのは、堂に階段があるようなものです。人が急に分を越えられないようにします。だから等級は煩わしすぎても差し支えありません。階段に段があれば、足の速い者でも大股で歩けません。礼に等級があれば、傲慢な者でも敢えて節を越えません。
解説
礼の等級を、階段の段に譬えます。段があるから、足の速い者でも大股で歩けない。この比喩が要点で、速い者を止める仕掛けとして等級が働きます。だから煩わしすぎても構わないとされます。普通は簡素が好まれますが、ここでは逆です。傲慢な者でも節を越えないという効果が示され、形式の意味が具体的に説明された一段になっています。

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礼等級階段僭越形式
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