呻吟語 / 内篇・談道・禮は情より生ず
瓜、李將熟,浮白生焉。禮由情生,後世乃以禮為情,哀哉!
新字:瓜、李将熟,浮白生焉。礼由情生,後世乃以礼為情,哀哉!
書き下し
瓜・李將に熟せんとすれば、浮白生ず。禮は情より生ずるに、後世乃ち禮を以て情と為す。哀しいかな。
現代語訳
瓜や李が熟そうとすると、白い粉が浮いてきます。礼は情から生まれるものなのに、後の世では礼のほうを情だと思っています。悲しいことです。
解説
熟した実の表面に自然と粉が浮くように、礼は内側の情から自ずと現れるものだ、という見立てです。ところが後の世では順序が逆になり、礼の形をなぞることが情そのものだとされてしまった。葬儀や贈答の作法を思えば、今も変わらない話です。哀しいかなという結びに、形だけが残った時代への嘆きがあります。順序が逆になれば、礼はただの負担に変わってしまいます。
この章句が説くこと
礼情形式順序自然
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