呻吟語 / 外篇・治道・只だ正經の事を幹す
百姓只幹正經事,不怕衣食不豐足。君臣只幹正經事,不怕天下不太平。試問百司庶府所職者何官?終日所幹者何事?有道者可以自省矣。
新字:百姓只幹正経事,不怕衣食不豊足。君臣只幹正経事,不怕天下不太平。試問百司庶府所職者何官?終日所幹者何事?有道者可以自省矣。
書き下し
百姓只だ正經の事を幹さば、衣食の豐足ならざるを怕れず。君臣只だ正經の事を幹さば、天下の太平ならざるを怕れず。試みに問ふ、百司庶府の職とする所は何の官ぞ。終日幹す所は何の事ぞ。道有る者は以て自ら省みる可し。
現代語訳
民がただまともな事をしていれば、衣食が豊かでないことを恐れません。君と臣がただまともな事をしていれば、天下が太平でないことを恐れません。試しに問います。多くの役所が務めとしているのは何の官でしょうか。一日中やっているのは何の事でしょうか。道のある者は自ら省みるべきです。
解説
豊かさと太平の条件を、まともな事をするという一点に置きます。手立てでも仕組みでもありません。そのうえで問いが二つ投げられます。役所は何の官として置かれ、一日中何をしているのか。名目と実態のずれを、自分で確かめさせる形です。答えを書かずに省みよと結ぶことで、読み手が自分の一日に当てはめる構えになっています。
この章句が説くこと
正経名目実態自省一日
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