呻吟語 / 外篇・治道・吏は法を以て恩を巿る
藏人為君守財,吏為君守法,其守一也。藏人竊藏以營私,謂之盜。吏以法市恩,不曰盜乎?賣公法以酬私德,剝民財以樹厚交,恬然以為當然,可歎哉!若吾身家,慨以許人,則吾專之矣。
新字:蔵人為君守財,吏為君守法,其守一也。蔵人竊蔵以営私,謂之盗。吏以法市恩,不曰盗乎?売公法以酬私徳,剝民財以樹厚交,恬然以為当然,可嘆哉!若吾身家,慨以許人,則吾専之矣。
書き下し
藏人は君の為に財を守り、吏は君の為に法を守る。其の守るは一なり。藏人藏を竊みて以て私を營むを、之を盜と謂ふ。吏法を以て恩を巿るは、盜と曰はざらんや。公法を賣りて以て私德に酬い、民財を剝ぎて以て厚交を樹て、恬然として以て當然と為すは、歎ず可きかな。若し吾が身家ならば、慨して以て人に許すも、則ち吾之を專らにするのみ。
現代語訳
蔵番は君のために財を守り、役人は君のために法を守ります。守るという点では同じです。蔵番が蔵から盗んで私を営むのを、盗みと言います。役人が法で恩を売るのを、盗みと言わないでしょうか。公の法を売って私的な徳に報い、民の財を剥いで厚い交わりを立て、平然と当然と考えるのは、嘆かわしいことです。もし自分の身や家のものなら、気前よく人に与えても、それは自分の裁量です。
解説
法を守る役人を、蔵番と同じ位置に置きます。どちらも君のために預かっているだけです。だから蔵から盗むのが盗みなら、法で恩を売るのも盗みになります。この対応が要点で、扱っているものが物か規則かの違いしかありません。そして最後に線が引かれます。自分のものなら気前よく与えてよい。裁量が及ぶ範囲を明示することで、法の私物化がいっそう際立ちます。
この章句が説くこと
蔵番法私物化盗み裁量
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