呻吟語 / 外篇・治道・煦煦沾沾
孔子在魯,中大夫耳,下大夫僚儕也,而猶侃侃。今監司見屬吏,煦煦沾沾,溫之以兒女子之情,才正體統,輒曰示人以難堪,才尚綜核,則曰待人以苛刻。上務以長厚悅下官心,以樹他日之桃李;下務以彌文塗上官耳,以了今日之簿書。
新字:孔子在魯,中大夫耳,下大夫僚儕也,而猶侃侃。今監司見属吏,煦煦沾沾,温之以児女子之情,才正体統,輒曰示人以難堪,才尚綜核,則曰待人以苛刻。上務以長厚悦下官心,以樹他日之桃李;下務以弥文塗上官耳,以了今日之簿書。
書き下し
孔子の魯に在るや、中大夫のみ。下大夫は僚儕なり。而るに猶ほ侃侃たり。今監司の屬吏を見るや、煦煦沾沾として、之を溫むるに兒女子の情を以てす。才かに體統を正せば、輒ち人に示すに難堪を以てすと曰ひ、才かに綜核を尚べば、則ち人を待つに苛刻を以てすと曰ふ。上は務めて長厚を以て下官の心を悅ばしめ、以て他日の桃李を樹つ。下は務めて彌文を以て上官の耳を塗り、以て今日の簿書を了す。
現代語訳
孔子が魯にいたときは中大夫にすぎず、下大夫は同僚でした。それでもなお、はっきりものを言いました。今の監司が属吏に会うときは、なごやかにべたついて、女子供の情で温めます。少し体統を正せば、すぐ人に堪えがたいものを示すと言い、少し点検を重んじれば、人に苛刻に接すると言います。上は寛く厚いことで下役の心を喜ばせ、後日の桃李を植えようとします。下は飾った文で上役の耳を塗り、今日の書類を済ませます。
解説
孔子が同僚に対してもはっきり言った例を引き、今の上下を対比します。なごやかでべたついた接し方が、体統も点検も許さない空気を作ります。そして双方の動機が明かされます。上は後日の恩返しを期待し、下は今日の書類を済ませたい。互いの利害が一致しているから、誰も正そうとしません。馴れ合いの構造が、動機まで含めて描かれた一段です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
馴れ合い体統綜核桃李動機
関連する章句
-
『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
-
『墨子』非命下是の故に子墨子曰く、今、天下の君子の文章を為り言談を出だすは、将に其の頰舌を勤勞し、其の唇呡を利せんとするに非ざるなり。中に實に将に其の國家邑里萬民の刑政を為さんと欲する者なり。今や王公大人の早く朝し晏く退き、獄を聴き政を治め、終朝、均しく分かちて敢えて怠倦せざる所以の者は、何ぞや。曰く、彼れ以為えらく强ければ必ず治まり、强からざれば必ず亂れ、强ければ必ず寕く、强からざれば必ず危うしと。故に敢えて怠倦せず。
-
言志四録・言志耋録 第七十九条 嫌を避けて為さざる勿れ事固より自ら為にするの謀にして、迹の人の為にするに似たる者之れ有り。戒めて之を為すこと勿れ。固より人の為に謀りて、或は自ら為にするかと疑はるる者之れ有り。嫌を避けて為さざること勿れ。
-
『武士道』原序・愛妻の問いが動機となる予が此一小冊子を述作するに至りたる直接の動機は、愛妻のしばしば予に問ふに、日本に行はるる彼此の思想習慣の理由根拠を以てするに在りき。ド・ラヴレー氏及び愛妻に対し、満足なる解答を与へんとするに当りて、予は知りぬ、先づ封建主義と武士道の何物たるかを了知するに非ずんば、即ち現時日本の道徳思想は、一の秘本にして繙き窺ふべからざるものなることを。予の病、久しく癒えず、為に疎懶、日を銷するの止むを得ざるを機とし、かつて多次、家庭の談話に於て与へたる答解を記述したるもの、即ち此書の骨子を成し、其拠る所は主として、封建思想のなお旺盛なりし時、予が少年の日に当りて示教を受けたるものに係る。彼れには小泉八雲氏及びフレエザー夫人あり、此れには又たサー・アーネスト・サトウ及びチャンバレン教授あるの中間に立ち、英語を以て日本に関する述作を成さんは、けだし躊躇失望すべきものあり。
-
司馬法・嚴位凡そ人は、愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
-
『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂いて曰く、「子は天下を兼愛するも、未だ利ありと云わず。我れは天下を愛せざるも、未だ賊すと云わず。功、皆な未だ至らざるに、子、何ぞ獨り自ら是として我を非とするや」と。子墨子曰く、「今、此に燎ゆる者有り。一人は水を奉じて将に之に灌がんとし、一人は火を摻りて将に之を益さんとす。功、皆な未だ至らざるも、子、何れをか二人に貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは彼の水を奉ずる者の意を是とし、夫の火を摻る者の意を非とす」と。子曰く、「吾れも亦た吾が意を是とし、子の意を非とするなり」と。