呻吟語 / 外篇・治道・公論は一人に在り
公論,非眾口一詞之謂也。滿朝皆非,而一人是,則公論在一人。
新字:公論,非眾口一詞之謂也。満朝皆非,而一人是,則公論在一人。
書き下し
公論とは、眾口一詞の謂に非ざるなり。滿朝皆な非にして、一人是ならば、則ち公論は一人に在り。
現代語訳
公の議論とは、多くの口が同じことを言うことではありません。朝廷中がみな間違っていて一人が正しければ、公の議論はその一人にあります。
解説
公論を、多数決から切り離します。定義は正しさで、人数ではありません。朝廷中が間違って一人が正しければ、公論はその一人にある。前の段で公論が逃れられない三綱の一つとされたので、その公論が多数と一致しない場合があると断っておく必要があったわけです。世論に従うことと公論に従うことを、はっきり分けた一段になっています。
この章句が説くこと
公論多数正しさ一人切り離す
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・是非の公は自ら在り稠眾の中の一言一動、大家環り向かひて之を視る。口に言はずと雖も、而れども是非の公は自ら在り。果たして善ならば、大家同じく愛敬の念を萌す。果たして不善ならば、大家同じく厭惡の念を萌す。小さき言動と雖も、謹まざる可からず。
-
『呻吟語』内篇・應務・五つの議論舉世の議論に五有り。之を天理に求めて順ひ、之に人情に即きて安く、聖賢に按ず可く、神明に質す可くして、必ずしも天下の同じきに於てせざるを、公論と曰ふ。情に便とする所有り、意に拂ふ所有り、辯博を逞しくして以て其の一偏の說を濟すを、私論と曰ふ。心に私曲無く、氣甚だ豪雄なるも、事の虛實、勢の難易、理の可否を察せず、一隅の見を執り、時俗の習に狃るるを、妄論と曰ふ。偽を造り奸に投じ、不根の言を為して眾人の耳に播き、千口公を成し、久しく傳へて實を成すを、誣論と曰ふ。人の善を稱するに胸に秤尺無く、大節を觀ず、生平を較べず、遽かに之を許すを、無識の論と曰ふ。
-
『呻吟語』外篇・治道・獨斷とは先づ謀を集むるの謂ひなり政を為すに問察を以て第一の要と為す。此れ堯舜の天下を治むるの妙法なり。今人は耳を塞ぎ目を閉ぢて只だ獨斷に憑る。寧ろ錯るも問ふ勿かれと以て、耳軟の病を蹈むを恐る。大いに笑ふ可し。此れ本原を求めざるのみ。吾が心果たして明らかならば、則ち眾論を擇びて以て中を取り、自ら偏聽の失無し。心一たび愚暗ならば、即ち岳牧芻蕘に詢ふも、尚ほ自ら決する能はず。況んや獨斷をや。所謂獨斷とは、先づ謀を集むるの謂ひなり。謀は眾を集むるに非ずんば精しからず、斷は一己に非ずんば決せず。
-
『呻吟語』内篇・應務・平心易氣は辨家の第一法學術を辨じ、治理を談ずるは、直に須らく至處に窮め到り、人に讓り得ざるべし。所謂る宗廟朝廷にては便便と言ふ者なり。蓋し道理は古今の道理、政事は國家の政事なり。務めて是を求めて乃ち已む。我兩人は皆な之を度外に置く。我を伸ぶるを求むるに非ず、人に勝つを求むるに非ず。何の人に讓るか之れ有らん。只だ是れ心を平らかにし氣を易くするは、辨家の第一法なり。才かに聲高く色厲しければ、便ち是れ涵養沒し。
-
『呻吟語』内篇・談道・盛世は同を貴び、衰世は獨を貴ぶ衰世は同を尚び、盛世も未だ嘗て同を尚ばずんばあらず。衰世は同流合污を尚び、盛世は同心合德を尚ぶ。虞廷は寅を同じくし恭を協せ、政を修めて異識無く、族を圮る者は之を殛す。孔門は道を同じくし志を協せ、身を修めて異術無く、吾が徒に非ざる者は之を攻む。故に曰く、道德一にして風俗同じと。之を二にするは帝王の治に非ず、之を二にするは聖賢の教へに非ず。乃ち知る、盛世は同を貴び、衰世は獨を貴ぶことを。獨は異を立つるに非ず、眾人皆な我の獨ならば、即ち盛世の同なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・廟堂の上の聚議廟堂の上の聚議する者は、其れ虛文なり。當路者は虛ならざるの成心を持し、廢す可からざるの故事に循ひ、特だ群在を借りて以て公を示すのみ。是を以て尊き者は嚅囁し、卑しき者は唯諾し、日を移して退く。逢迎に巧みなる者は其の頤指意向を觀て極口稱道し、他日驟かに殊榮を得。公直に激する者は其の益無く害有るを知りて色を奮ひ極言し、他日中てらるるに奇禍を以てす。