呻吟語 / 外篇・治道・功罪に任じて喜怒に任ぜず
居上之患,莫大於賞無功,赦有罪;尤莫大於有功不賞,而罰及無罪。是故王者任功罪,不任喜怒;任是非,不任毀譽。
新字:居上之患,莫大於賞無功,赦有罪;尤莫大於有功不賞,而罰及無罪。是故王者任功罪,不任喜怒;任是非,不任毀誉。
書き下し
上に居るの患ひは、功無きに賞し、罪有るを赦すより大なるは莫し。尤も功有りて賞せずして、罰無罪に及ぶより大なるは莫し。是の故に王者は功罪に任じて喜怒に任ぜず、是非に任じて毀譽に任ぜず。
現代語訳
上に立つ者の患いは、功が無いのに賞し、罪があるのを赦すより大きいものはありません。とりわけ功があるのに賞さず、罰が罪の無い者に及ぶより大きいものはありません。だから王者は功と罪によって判断し、喜びや怒りによりません。是非によって判断し、そしりや誉れによりません。
解説
賞罰の誤りを、四つ挙げて順位をつけます。功無きに賞し罪ある者を赦すのも患いですが、功ある者を賞さず罪無き者を罰するほうがさらに大きい。得をさせる誤りより、損をさせる誤りが重いということです。そして判断の拠り所が二組で示されます。喜怒ではなく功罪、毀誉ではなく是非。自分の感情と他人の評判、どちらも排されています。
この章句が説くこと
賞罰順位功罪喜怒毀誉
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