呻吟語 / 外篇・治道・上下相ひ勝たんことを求む
太古之世,上下相忘,不言而信。中古上下求相孚。後世上下求相勝:上用法勝下,下用欺以避法;下以術勝上,上用智以防術。以是而欲求治,胡可得哉?欲復古道,不如一待以至誠。誠之所不學者,法以輔之,庶幾不死之人心,尚可與還三代之舊乎?
新字:太古之世,上下相忘,不言而信。中古上下求相孚。後世上下求相勝:上用法勝下,下用欺以避法;下以術勝上,上用智以防術。以是而欲求治,胡可得哉?欲復古道,不如一待以至誠。誠之所不学者,法以輔之,庶幾不死之人心,尚可与還三代之旧乎?
書き下し
太古の世は、上下相ひ忘れ、言はずして信ず。中古は上下相ひ孚せんことを求む。後世は上下相ひ勝たんことを求む。上は法を用ひて下に勝ち、下は欺を用ひて以て法を避く。下は術を用ひて上に勝ち、上は智を用ひて以て術を防ぐ。是を以てして治を求めんと欲するも、胡ぞ得可けんや。古道に復せんと欲せば、一に待つに至誠を以てするに如かず。誠の學ばざる所の者は、法もて以て之を輔け、庶幾はくは死せざるの人心、尚ほ與に三代の舊に還る可けんや。
現代語訳
太古の世では、上下が互いを忘れ、言わなくても信じました。中古では上下が互いに信じ合うことを求めました。後の世では上下が互いに勝つことを求めます。上は法で下に勝ち、下は欺きで法を避けます。下は術で上に勝ち、上は智で術を防ぎます。これで治まることを求めても、どうして得られるでしょうか。古の道に復したいなら、ただ至誠で待つに越したことはありません。誠で学ばないものは法で補い、願わくは死んでいない人の心が、なお三代の昔に還れるでしょうか。
解説
上下関係の歴史を、三段で描きます。互いを忘れる段、信じ合おうとする段、そして勝とうとする段。最後の段の描写が細かく、法と欺き、術と智が入れ替わりに使われます。互いの手が相手への対抗策になっているわけです。処方は至誠で、足りないところを法で補うとされます。法を捨てないところが現実的で、最後は願望の形で締められています。
この章句が説くこと
上下三段対抗至誠法の補い
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・勢分を堂階に脫す古の人上たる者は、人を虐げて以て威を示さずして、道法自ら畏る可きなり。人を卑しめて以て尊を示さずして、德容自ら敬す可きなり。勢分を堂階に脫して居尊の休未だ嘗て褻れず、腹心を詞色に見して防檢の法未だ嘗て疏ならず。嗚呼、想ふ可し。
-
『呻吟語』外篇・治道・人をして心服せしむ上に在る者は過ち無く、下に在る者は過ち多し。上に在る者の過ち無きに非ず、過ち有りて人敢へて言ふ莫きなり。下に在る者は過ち多きに非ず、之を誣ひて人敢へて辯ずる莫きなり。夫れ惟だ人をして言ふに心無からしめて、然る後に上たる者は真に過ち無し。人をして心服せしめて、而る後に下たる者は真に過ち多きなり。
-
『呻吟語』外篇・治道・誥誓を觀て王道の衰へを知る湯・武の誥誓は、堯・舜の悲しむ所、桀・紂の笑ふ所なり。是れ豈に信を民に示して、已の心を白かすに非ざらんや。堯・舜曰く、何ぞ嘵嘵たるを待たん、民に示さば民は從はざるに忍びずと。桀・紂曰く、何ぞ嘵嘵たるを待たん、民に示さば民は敢へて從はざらずと。『書』の誥誓を觀て、王道の衰へたるを知るなり。世道湯・武に至れば、其の勢ひ必ず桀・紂なり。又た其の勢ひ必ず秦・項・莽・操有るに至る。是の故に世道を維持する者は、其の流れを慮らざる可からず。
-
『呻吟語』内篇・修身・貴要尊長にして遂に過ち無しと古の人は、位貴要に居り分尊長為れば遂に言ふ可きの人無く指す可きの過ち無しと曰はず。卑幼貧賤の人は一も知識する所無く、即ひ知識有るも亦た當に言ふべからずと曰はず。蓋し體統名分の確然として易ふ可からざる者は、道義の外に在り。道を以て相成し、心を以て相與するは、體統名分の外に在り。哀しいかな、後世の貴要尊長にして遂に過ち無きこと。
-
『呻吟語』外篇・世運・四截の世道伏羲以前は是れ一截の世道、其の治は之に任すのみ、己は與る所無し。五帝は是れ一截の世道、其の治は之を安んずるのみ、民を擾さず。三王は是れ一截の世道、其の治は之を正すのみ、縱にせしめず。秦以後は是れ一截の世道、其の治は之を劫すのみ、之を愚にするのみ、德を以てせず。
-
『呻吟語』外篇・治道・不敢は恃むに足らず三代の後、天下を治むるは只だ個の不敢を求む。知らず、其の敢へてせざる者は、皆な苟文もて以て上に應ずるなり。真の敢は心に在り。暗ければ則ち以て國家を盅するに足り、明らかなれば則ち以て社稷を亡ぼすに足る。乃ち知る、不敢は恃むに足らざるなり。