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呻吟語 / 内篇・修身・貴要尊長にして遂に過ち無しと

古之人非曰位居貴要、分為尊長而遂無可言之人、無可指之過也;非曰卑幼貧賤之人一無所知識、即有知識而亦不當言也。蓋體統名分確然不可易者,在道義之外;以道相成、以心相與,在體統名分之外。哀哉!後世之貴要尊長而遂無過也。

新字:古之人非曰位居貴要、分為尊長而遂無可言之人、無可指之過也;非曰卑幼貧賤之人一無所知識、即有知識而亦不当言也。蓋体統名分確然不可易者,在道義之外;以道相成、以心相与,在体統名分之外。哀哉!後世之貴要尊長而遂無過也。

書き下し

古の人は、位貴要に居り分尊長為れば遂に言ふ可きの人無く指す可きの過ち無しと曰はず。卑幼貧賤の人は一も知識する所無く、即ひ知識有るも亦た當に言ふべからずと曰はず。蓋し體統名分の確然として易ふ可からざる者は、道義の外に在り。道を以て相成し、心を以て相與するは、體統名分の外に在り。哀しいかな、後世の貴要尊長にして遂に過ち無きこと。

現代語訳

昔の人は、地位が高く重く、身分が上だからといって、話しかけてよい相手ではない、指摘してよい過ちが無いとは言いませんでした。身分が低く年若く貧しい者には知識が無く、たとえ知識があっても言うべきでないとも言いませんでした。体面や名分といった確かに動かせないものは、道義の外側の話です。道によって互いを成し、心によって互いに与え合うのは、体面や名分の外側の話です。悲しいことに、後の世では地位の高い者に過ちが無いことになってしまいました。

解説

身分の秩序と、意見を言えるかどうかを別の話だと切り分けます。名分は名分として守ればよいが、それは道義の外側の枠組みにすぎない。道で互いを育てる関係は、その枠の外にあるというのです。そして最後の一句が皮肉で、後の世では地位が高ければ過ちが無いことになった、と。上下と正誤を混同する組織への、四百年前からの批評です。

この章句が説くこと

名分諫言上下道義指摘

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