呻吟語 / 外篇・治道・赤子を以て相ひ付托す
第一要愛百姓。朝廷以赤子相付托,而士民以父母相稱謂。
新字:第一要愛百姓。朝廷以赤子相付托,而士民以父母相称謂。
書き下し
第一に百姓を愛するを要す。朝廷は赤子を以て相ひ付托し、而して士民は父母を以て相ひ稱謂す。
現代語訳
第一に民を愛することが必要です。朝廷は赤子として託し、士や民は父母と呼びます。
解説
民を愛することを第一に置き、その根拠を二つの呼び名に求めます。朝廷は赤子として託し、民は父母と呼ぶ。上からも下からも同じ関係が名指されているわけです。名前がすでに務めを定めているという構えで、次の段でその内実が問われます。短い一段ですが、以下の長い議論の前提を置く役割を果たしています。名前がすでに、務めの中身を定めているという構えです。
この章句が説くこと
愛民赤子父母呼び名託
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