呻吟語 / 外篇・治道・無厭の欲、不平の氣
無厭之欲,亂之所自生也。不平之氣,亂之所由成也。皆有國者之所懼也。
新字:無厭之欲,乱之所自生也。不平之気,乱之所由成也。皆有国者之所懼也。
書き下し
無厭の欲は、亂の自ら生ずる所なり。不平の氣は、亂の由りて成る所なり。皆な國を有つ者の懼るる所なり。
現代語訳
飽きることの無い欲は、乱れが生まれるもとです。平らかでない気は、乱れが成るもとです。どちらも国を持つ者が恐れるべきものです。
解説
乱れの原因を二つに絞ります。飽きない欲と、平らかでない気。前者は生まれるもと、後者は成るもとと書き分けられており、欲が種で、不平が育てる条件だと読めます。どちらも制度ではなく心の状態です。前に出てきた、民の情が溢れる前に慎めという段と、清らかで平らかな世界という段が、ここで乱れの側から言い直されています。
この章句が説くこと
無厭不平乱種条件
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