呻吟語 / 外篇・治道・勢ひに時として窮まる有り
勢有時而窮。始皇以天下全盛之威力,受制於匹夫,何者?
書き下し
勢ひに時として窮まる有り。始皇は天下全盛の威力を以て、制を匹夫に受く。何者ぞ。
現代語訳
勢いには窮まるときがあります。始皇帝は天下全盛の威力をもって、一人の平民に制せられました。なぜでしょうか。
解説
勢いが窮まる例として、始皇帝を挙げます。天下全盛の威力を持ちながら、一人の平民に制せられた。陳勝呉広の蜂起を指しています。問いだけを置いて次の段に答えを譲る構成で、勢いの大きさと崩れ方の落差が強調されます。前に出てきた、満ちた勢いは自分から減らせという段と対になっており、こちらは減らさなかった場合の帰結です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
勢始皇匹夫落差帰結
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孫子・勢篇故に戦いを善くする者の勢は、円石を千仞の山より転ずるが如きなり。
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『韓非子』難勢第四十夫れ良馬固車も、臧獲をして之を御せしむれば則ち人の笑ひと為り、玉良之を御すれば而ち日に千里を取る。車馬異なるに非ざるなり、或いは千里に至り、或いは人の笑ひと為る、則ち巧拙相去ること遠し。
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孫子・勢篇故に善く戦う者は、之を勢に求めて人に責めず。故に能く人を択びて勢に任ず。
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『韓非子』外儲説右上第三十四故に市の木の価は、山より貴きを加へず。沢の魚塩亀鼈蠃𧉻は、海より貴からず。君は重く斂めて、田成氏は厚く施す。斉嘗て大いに饑ゑ、道旁に餓死する者勝げて数ふ可からざるなり、父子相牽きて田成氏に趨く者は生きざるを聞かず。故に秦周の民相与に之を歌ひて曰く、『謳はんか、其れ已まんか。苞はんか、其れ往きて田成子に帰せんか』と。『詩』に曰く、『女に与ふる徳無しと雖も、式て歌ひ且つ舞はん』と。今田成氏の徳ありて民之に歌舞す、民の徳之に帰す。故に曰く、『其れ田成氏か』と」と。公泫然として涕を出して曰く、「亦悲しからずや。寡人国を有ちて田成氏之を有たんとす。今之を為すこと奈何」と。晏子対へて曰く、「君何ぞ患へん。若し君之を奪はんと欲せば、則ち賢に近づきて不肖を遠ざけ、其の煩乱を治め、其の刑罰を緩め、貧窮を振ひて孤寡を恤み、恩恵を行ひて不足に給せば、民将に君に帰せんとす、則ち十田成氏有りと雖も、其れ君を如何せん」と。或ひと曰く、景公は勢を用ふることを知らず、而して師曠・晏子は患を除くことを知らず。夫れ猟する者は、車輿の安きに託し、六馬の足を用ひ、王良をして轡を佐けしむれば、則ち身労せずして軽獣に及び易し。今車輿の利を釈て、六馬の足と王良の御とを捐てて、下りて走りて獣を逐はば、則ち楼季の足と雖も時として獣に及ぶ無し。良馬固車に託すれば、則ち臧獲も余り有り。国なる者は、君の車なり。勢なる者は、君の馬なり。夫れ勢に処りて以て擅愛の臣を禁誅せずして、必ず徳厚くして以て天下と行を斉しくして以て民を争ふは、是れ皆君の車に乗らず、馬の利に因らず、車を舍てて下り走る者なり。故に曰く、景公は勢を用ふることを知らざるの主なり、而して師曠・晏子は患を除くことを知らざるの臣なり、と。子夏曰く、「『春秋』の臣の君を殺し、子の父を殺すを記するは、十を以て数ふ。皆一日の積に非ず、漸有りて以て至るなり」と。
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『韓非子』喻老第二十一孫叔敖の謂なり。制己に在るを重と曰ひ、位を離れざるを静と曰ふ。重なれば則ち能く軽を使ひ、静なれば則ち能く躁を使ふ。故に曰く、「重は軽の根為り、静は躁の君為り」と。故に曰く、「君子は終日行きて、輜重を離れず」と。邦は人君の輜重なり。主父、生きながら其の邦を伝ふ、此れ其の輜重を離るる者なり。故に代・雲中の楽有りと雖も、超然として已に趙無し。主父は万乗の主にして、身を以て天下に軽んぜらる。
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『韓非子』難勢第四十且つ御は、王良をしてせしむるに非ざれば、則ち必ず臧獲をして之を敗らしむ。治は、堯・舜をしてせしむるに非ざれば、則ち必ず桀・紂をして之を乱さしむ。此れ味は飴蜜に非ざれば、必ず苦萊・亭歴なりとするなり。此れ則ち辯を積み辞を累ね、理を離れ術を失ふ、両末の議なり、奚ぞ以て夫の道理の言を難ずべけんや。客の議は未だ此の論に及ばざるなり。