呻吟語 / 外篇・治道・良法美意も反つて以て民に殃す
無治人,則良法美意反以殃民;有治人,則弊習陋規皆成善政。故有文武之政,須待文武之君臣。不然,青萍結綠,非不良劍也;烏號繁弱,非不良弓矢也,用之非人,反以資敵。予觀放賑、均田、減糶、檢災、鄉約、保甲、社倉、官牛八政而傷心焉。不肖有司放流,有餘罪矣。
新字:無治人,則良法美意反以殃民;有治人,則弊習陋規皆成善政。故有文武之政,須待文武之君臣。不然,青萍結綠,非不良剣也;烏号繁弱,非不良弓矢也,用之非人,反以資敵。予観放賑、均田、減糶、検災、鄉約、保甲、社倉、官牛八政而傷心焉。不肖有司放流,有余罪矣。
書き下し
治人無ければ、則ち良法美意も反つて以て民に殃す。治人有れば、則ち弊習陋規も皆な善政と成る。故に文武の政有るも、須らく文武の君臣を待つべし。然らずんば、青萍・結綠は良劍に非ざるにあらざるなり。烏號・繁弱は良弓矢に非ざるにあらざるなり。之を用ふるに其の人に非ずんば、反つて以て敵を資く。予は放賑・均田・減糶・檢災・鄉約・保甲・社倉・官牛の八政を觀て傷心す。不肖の有司は放流するも、罪餘り有り。
現代語訳
治める人がいなければ、良い法も美しい意図も、かえって民に災いします。治める人がいれば、悪い習慣もみすぼらしい決まりも、みな善政になります。だから文王武王の政治があっても、文王武王のような君臣を待たねばなりません。そうでなければ、青萍や結緑は良い剣でないわけではなく、烏号や繁弱は良い弓矢でないわけではありませんが、用いる人が人でなければ、かえって敵を助けます。私は施しの配分、田の均分、米価の引き下げ、災害の検分、郷約、保甲、社倉、官牛の八つの政策を見て心を痛めます。愚かな役人は流罪にしても、罪が余ります。
解説
法と人の関係を、逆転させて示します。良い法でも人がいなければ民に災いし、悪い決まりでも人がいれば善政になる。名剣も名弓も、使い手が人でなければ敵を助けるという比喩がそれを支えます。そして具体的な八つの政策が挙げられます。どれも民を助けるための仕組みですが、それを見て心を痛めるとされる。制度が立派であるほど、悪用されたときの害が大きいということです。最後の一句が、その怒りを示しています。
この章句が説くこと
良法治人名剣悪用八政
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・美意有れば良法有るを須ふ美意有らば、必ず須らく良法有りて乃ち行ふ可し。良法有らば、又た須らく良吏有りて乃ち能く成る。良吏とは、真實の心に本づき、通變の才有り、明作の政を厲む者なり。心真なれば則ち民の為に懇至にして、終始一の如し。才通ずれば則ち地に因り民に宜しくして、法に狃れず。明作なれば則ち禁止まり令行はれ、奸を察し弊を釐む。是の如くにして民必ず福を受く。故に天下の好事は、做さんと要せば必ず須らく實に做すべし。虛なる者之を為さば、則ち文具にして以て人を擾す。不肖者之を為さば、則ち私を濟して以て政を害す。做さざるに如かず、損無く益無し。
-
『呻吟語』外篇・治道・政は地に因りて之を定め、官は人を擇びて之を守る古は國君を易へず、家大夫を易へず。故に其の治は民に因り俗に宜しく、綱を立て紀を陳ぶ。百姓と己と相ひ安んじ、然る後に從容漸漬し、日に新たに月に盛んにして、治功成る。故に「必世にして後に仁」と曰ひ、「久道にして化を成す」と曰ふ。之を天地に譬ふるに悠久ならざれば便ち物を成し得ず。封建變じて郡懸と為りてより、官に久暖の席無く、民に盡識の官無し。施設未だ竟へずして讒毀之に隨ひ、官を建てて未だ久しからずして黜陟之に隨ふ。方に熊蹯を朘りて之が薪を奪ひ、方に茧絲を繅りて其の緒を截つ。一番の人至れば、一度の更張あり。各おの性情有り、各おの識見有り。百姓は其の政令を聞くも半ばは理會するに及ばず、其の教化を聽くも尚ほ未だ信從するに及ばずして、新しき者卒かに至り、舊政廢閣す。何ぞ信從する所あらん。何ぞ遵守する所あらん。況んや加ふるに監司の掣肘を以てし、一幘を制して首の大小を問はず、都て之に冠せしめ、一衣を制して時の冬夏を問はず、必ず之を服せしむ。民情の便否を審らかにせずして、先づ書を以て督責す。即ち高才疾足の士も、俄頃措置の功、亦た目前の小康、一事の小補に過ぎず。而るに上は此れを以て殿最と為し、下は此れを以て歡虞と為す。嗚呼、傷心せり。先正に言有り、人里居せず、田井授せずんば、治を言はんと欲すと雖も、皆な苟のみと。愚謂へらく官を建つるも亦た然り。政は地に因りて之を定め、官は人を擇びて之を守る。政善ければ更張するを得ず、民安んずれば法を易ふるを得ず。其の多事にして民を擾し、情に任せて法を變ずると、惰政慢法なる者とは斥け遂ふ。其の人を更めて其の治を易へざれば、則ち郡懸は封建より賢なること遠し。
-
『呻吟語』外篇・治道・弊無きの法無く、弊無きの身有り堯・舜に弊無きの法無くして、弊無きの身有るを恃み、救弊の人を用ひて以て天下の治を善くす。此の如きのみ。今や然らず。法に九利有るも、其の一害無きを必とする能はず。法に始めの利有るも、其の終はりに弊せざるを必とする能はず。才を嫉み能を妒むの人、身に惰り口に利あるの士、其の一害終弊なる者を執りて之を訕笑す。國を謀ること切ならずして事を慮ること深からざる者、從ひて之に附和す。天下本と事無し、常に安んじ故に襲ふも何ぞ妨げんと曰はずんば、則ち時勢本と為し難し、動を好み事を喜ぶも何ぞ益あらんと曰ふ。大いに壞れ極めて弊し、瓦解土崩するに至りて、而る後に之を天命に付す。嗚呼。
-
『呻吟語』外篇・治道・良法有りて旋ちに至る可し儒學の大いに壞るること極まれり。十年ならずんば以て成材を望むに足らず。武學の行はれざること久し。十年ならずんば以て名を求むるに足らず。將に未だ用ひざるの先に遴選し、方に用ふるの際に條責し、既に用ふるの後に綜核し、效あると效あらざるの時に黜陟するに至らば、盡く良法有りて旋ちに至る可く、立ちどころに驗有る者なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・治人を以て治法を立つ治人治法は相ひ無かる可からず。聖人は耳目の力を竭くす、此れ治人なり。之に繼ぐに規矩準繩、六律五音を以てす、此れ治法なり。說く者猶ほ曰く、治人有りて治法無しと。然らば則ち治人無くんば、治法は盡く廢す可けんや。夫れ盟府に藏する所の空言を以てすら、猶ほ以て六百年後の霸主を伏するに足る。而るに況んや法をや。故に天下を治むる者は治人を以て治法を立つれば、法善からざる無し。治法を留めて以て治人を待たば、法行はれざる無し。
-
『呻吟語』外篇・治道・法は一なり法とは、一なり。法曹とは、此の一を執るなり。貧富貴賤を以て之を二にせば、則ち法に非ざるなり。或るひと曰く、「親貴は疏賤と法を同じくし難し」と。曰く、「是なり、八議已に之を別てり」と。八議の別たざる所にして亦た之を二にせば、將た何の說をか之れ辭せん。夫れ天子の法を執りて己の爵祿を顧忌し、以て高明に徇ひて煢獨を虐ぐるは、國法天道を如何せん。綱を裂き紀を壞り、善を摧き惡を長ずれば、國必ず病まん。