呻吟語 / 外篇・治道・實政行はれずして虛文搪塞するのみ
經濟之士,一居言官便一建白,此是上等人,去緘默保位者遠,只是治不古。若非前人議論不精,乃今人推行不力。試稽舊讀,今日我所言,昔人曾道否?若只一篇文章了事,雖牘如山,只為紙筆作孽障,架閣上添鼠食耳。夫土君子建白,豈欲文章奕世哉?冀諫行而民受其福也。今詔令刊布遏中外,而民間疾苦自若,當求其故。故在實政不行而虛文搪塞耳。綜核不力,罪將誰歸?
新字:経済之士,一居言官便一建白,此是上等人,去緘黙保位者遠,只是治不古。若非前人議論不精,乃今人推行不力。試稽旧読,今日我所言,昔人曽道否?若只一篇文章了事,雖牘如山,只為紙筆作孽障,架閣上添鼠食耳。夫土君子建白,豈欲文章奕世哉?冀諫行而民受其福也。今詔令刊布遏中外,而民間疾苦自若,当求其故。故在実政不行而虚文搪塞耳。綜核不力,罪将誰帰?
書き下し
經濟の士は、一たび言官に居れば便ち一たび建白す。此れは是れ上等の人にして、緘默して位を保つ者を去ること遠し。只だ是れ治古ならず。若し前人の議論精しからざるに非ずんば、乃ち今人の推行力めざるなり。試みに舊讀を稽ふるに、今日我が言ふ所は、昔人曾て道ふや否や。若し只だ一篇の文章にて事を了せば、牘山の如しと雖も、只だ紙筆の為に孽障を作し、架閣上に鼠食を添ふるのみ。夫れ士君子の建白は、豈に文章の奕世を欲せんや。諫行はれて民其の福を受くるを冀ふなり。今詔令刊布して中外に遏ぶるも、民間の疾苦自若たり。當に其の故を求むべし。故は實政行はれずして虛文搪塞するに在るのみ。綜核力めずんば、罪將に誰にか歸せん。
現代語訳
世を治める士は、ひとたび諫言の官に就けば必ず一つ建言します。これは上等の人で、黙って地位を守る者とは遠く隔たっています。ただ、治め方が古に及びません。もし昔の人の議論が精しくなかったのでないなら、今の人が実行に努めないのです。試しに古い書を調べてみなさい。今日私が言うことを、昔の人が言っていないでしょうか。もし一篇の文章で済ませるなら、書類が山になっても、紙と筆に罪を作り、書棚に鼠の餌を足すだけです。士君子の建言は、文章を代々に残したいからでしょうか。諫めが行われ、民がその福を受けることを願うからです。今、詔令が刊行され中外に行き渡っても、民の苦しみはそのままです。その理由を求めるべきです。理由は、実際の政治が行われず、空文で取り繕っていることにあります。点検に努めなければ、罪は誰に帰するのでしょうか。
解説

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